「自分は特別」だと思いたい心性と「それにあやかりたい」心性について

  • 2020.07.08 Wednesday
  • 17:25

 

「自分は凡人であること」を、心から深く味わうと、扉が開かれていくように思います。

 

 

自分が窮地に立ったときに救ってくれた人のことを、「カリスマ化」したい心性が人間にはどこかあるように思います。

 

このカリスマの言うとおりにしていれば、「きっといいことが起こる」「幸せになれる」と、信じているのかもしれません。

 

一度、自分が窮地に立ったときに救われたので、それがずーーーーーっと続くと、思っているのかもしれません。

 

 

しかし、ここには、結局のところ、

 

「自分で自分のことをやる」「自分で考える」

 

という、とても大切なものがすっかり抜け落ちてしまっています。

 

それは、M.ウェーバーが言ったように、つまるところ、カリスマ支配になりかねません。

 

 

自分はからっぽ。

 

いつまでたってもからっぽ。

 

カリスマを自分の着物のように着て、同時に、カリスマもその人を着物のように着る。

 

これは、一種の共依存ともいえるでしょう。

 

 

個人の生活にある「現実」に、いつまでたっても取り組めない。

 

だから、いつも心のどこかに、虚しさがある。

 

その虚しさをかき消すように、カリスマをカリスマ化するために、自らカリスマの手足になる。

 

これほどの不自由な生き方はないように思います。

 

 

自分は凡人であること。

 

そのことを深く知ると、真の意味で、個の能力が開花してくるように思います。

 

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