「自分は特別」と思いたい心性について

  • 2020.07.06 Monday
  • 12:28

 

最近、もう老年期に入ろうという大人たちのなかに、「自分は特別だ」と思われている方(思っているけど、絶対に口に出しては言わないのがポイント)がとても多いように思います。

 

「特別」なので、みなが自分に気を遣うのは当然。

 

「特別」なので、(自分は何もやらなくても)願いが叶う。

 

「特別」なので、いいことしか起こらない(自分にとって都合の悪いことは解離して責任を逃れる)。

 

「特別」なので、自分の周りにいる人を手足のように使っていい(だって、みんな自分のことを特別だと思っているから)。

 

「特別」なので、自分が理解されないのは周りがおかしい。

 

など…。

 

 

病態水準的にはいろいろな水準が混在しています。パワハラなどのハラスメントにも、これらが根底にあります。

 

これらに共通するのは、「自己愛の傷つき」です。

 

「傷」が肥大化して、癌細胞になっているイメージだというとわかりやすいかもしれません。

 

そう、心の「傷」も癌に似ている面があるように思います。

 

「傷」を放っておくと、自分が生き延びるためにどんどん増殖する部分があるのですが、残念ながらそれは不健康な部分なのです。

 

肥大化した自己愛がある場合、どこかいつも満たされなくて、空虚さを感じたり、居場所のなさを感じたりすることがあります。そして、病理が重ければ重いほど自覚がないため、他者に投影し巻き込むことがあります。

 

 

どうしてもういい大人なのに、こんなに自己愛に傷がある人が多いのだろうか。

 

 

この観点から、子育てや教育について、しっかりと考える必要があるように思います。

 

子育ての結果、教育の結果がでるのは、20年後、30年後です。

 

 

小さい子どもは、「ほらみて!ほらみて!」と、自分が関心をもったことやできたことに対して、一緒に分かち合ってくれる存在をとても必要とします。

 

まだ、自我が形成されていない小さな子どもにとっては、いわば、「自分なるもの」を外側から包み込むようなものや、映し返してくれる存在が必要です。

 

大人からすれば、「?」なことも多い「ほらみて!」なので、つい、スルーしたり、それよりももっといいものがあるという大人の勝手な観点からあれを与えたりこれを与えたりして、それに関心をもつように仕向けたりします。

 

「ダンゴムシなんかよりも、テーマパークで動物と触れ合う方がよいだろう」というのは、大人の価値観であって、いまはまだ「ダンゴムシ」ならそれでいいわけです。

 

テーマパークはそのうち関心をもつかもしれないし、もたないかもしれない。

 

何より、「テーマパークがいいだろう」と思っている親自身が関心があることに気づかなければならないでしょう。

 

 

健康な自己愛を、なるべく小さな頃に、しっかりと満たしてあげる。

 

この時期の「僕、できる」の「勘違い」は、世界を切り開いていくときの原動力となるものなのです。

 

 

大人になってから自己愛の傷つきを癒すのには、相当な覚悟が必要だと思います。

 

ただし、長期的に取り組めば、必ず、健康になります。

 

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