日本における社会病理、同調圧力について

  • 2020.04.23 Thursday
  • 13:09

 

「病理」とは、もともと生物学や生理学に由来し、生命有機体の諸器官が正常でない状態を意味している。

 

こうした病理の概念を人間の行動や生活状態に適用しようとすると、何が病理で何が健康かということに関して、簡単には同意は成立しないものである。

 

例えば、中流階級にある者は、ヒッピーたちの生活様式を病理と見るかもしれない。

 

逆に、ヒッピーたちは、消費社会にどっぷりとつかり業績主義に明け暮れている中流階級を病理と見るかもしれない。

 

というわけで、社会の病理を定義するときには、生活の当事者たちの病理観を出発点とする必要がある、とされている。

 

しかし、ここで問題が生じる。

 

マジョリティとマイノリティ問題である。

 

何が病理であるかを定義しようとすれば、多数派の意見が採用されやすい。

 

少数派の方が、実は、健康であったとしても、それは「おかしい」とされるケースは山ほどある。

 

特に、日本社会では「村八分」文化や、「同調圧力」が根強いため、少数派であることそれ自体が裁きを受けることがままある。

 

これこそが、今日の日本の社会病理といえるだろう。

 

周囲に同調することが、共同体の定義ではない。

 

利害や目的を共有することは、共同体において必要だが、利害や目的を達成するためには異なる意見がたくさん出され、豊穣な議論と行動がなされなければいけないだろう。

 

今日、地域共同体の成立の難しさには、「周囲に同調しないといけない」という目に見えぬ圧力があるように思える。

 

これは、精神分析の病態水準でいえば、隠れ自己愛性障害の水準である。

 

今日の大人たちはみな、「いい子」であることを求められながら育ってきた世代だ。

 

おいいつけを守り、周囲の空気を読み、権威に合わせる「いい子」であることが、生き延びるために必要な態度として教えられてきた世代だ。

 

その息苦しさを、実は、ヒリヒリと感じている人は多いのではないだろうか。

 

しかし、どうしたらよいのかわからない・・・。

 

そこで行き詰っている人たちが多いように思う。

 

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