「自分は特別」だと思いたい心性と「それにあやかりたい」心性について

  • 2020.07.08 Wednesday
  • 17:25

 

「自分は凡人であること」を、心から深く味わうと、扉が開かれていくように思います。

 

 

自分が窮地に立ったときに救ってくれた人のことを、「カリスマ化」したい心性が人間にはどこかあるように思います。

 

このカリスマの言うとおりにしていれば、「きっといいことが起こる」「幸せになれる」と、信じているのかもしれません。

 

一度、自分が窮地に立ったときに救われたので、それがずーーーーーっと続くと、思っているのかもしれません。

 

 

しかし、ここには、結局のところ、

 

「自分で自分のことをやる」「自分で考える」

 

という、とても大切なものがすっかり抜け落ちてしまっています。

 

それは、M.ウェーバーが言ったように、つまるところ、カリスマ支配になりかねません。

 

 

自分はからっぽ。

 

いつまでたってもからっぽ。

 

カリスマを自分の着物のように着て、同時に、カリスマもその人を着物のように着る。

 

これは、一種の共依存ともいえるでしょう。

 

 

個人の生活にある「現実」に、いつまでたっても取り組めない。

 

だから、いつも心のどこかに、虚しさがある。

 

その虚しさをかき消すように、カリスマをカリスマ化するために、自らカリスマの手足になる。

 

これほどの不自由な生き方はないように思います。

 

 

自分は凡人であること。

 

そのことを深く知ると、真の意味で、個の能力が開花してくるように思います。

 

「自分は特別」と思いたい心性について

  • 2020.07.06 Monday
  • 12:28

 

最近、もう老年期に入ろうという大人たちのなかに、「自分は特別だ」と思われている方(思っているけど、絶対に口に出しては言わないのがポイント)がとても多いように思います。

 

「特別」なので、みなが自分に気を遣うのは当然。

 

「特別」なので、(自分は何もやらなくても)願いが叶う。

 

「特別」なので、いいことしか起こらない(自分にとって都合の悪いことは解離して責任を逃れる)。

 

「特別」なので、自分の周りにいる人を手足のように使っていい(だって、みんな自分のことを特別だと思っているから)。

 

「特別」なので、自分が理解されないのは周りがおかしい。

 

など…。

 

 

病態水準的にはいろいろな水準が混在しています。パワハラなどのハラスメントにも、これらが根底にあります。

 

これらに共通するのは、「自己愛の傷つき」です。

 

「傷」が肥大化して、癌細胞になっているイメージだというとわかりやすいかもしれません。

 

そう、心の「傷」も癌に似ている面があるように思います。

 

「傷」を放っておくと、自分が生き延びるためにどんどん増殖する部分があるのですが、残念ながらそれは不健康な部分なのです。

 

肥大化した自己愛がある場合、どこかいつも満たされなくて、空虚さを感じたり、居場所のなさを感じたりすることがあります。そして、病理が重ければ重いほど自覚がないため、他者に投影し巻き込むことがあります。

 

 

どうしてもういい大人なのに、こんなに自己愛に傷がある人が多いのだろうか。

 

 

この観点から、子育てや教育について、しっかりと考える必要があるように思います。

 

子育ての結果、教育の結果がでるのは、20年後、30年後です。

 

 

小さい子どもは、「ほらみて!ほらみて!」と、自分が関心をもったことやできたことに対して、一緒に分かち合ってくれる存在をとても必要とします。

 

まだ、自我が形成されていない小さな子どもにとっては、いわば、「自分なるもの」を外側から包み込むようなものや、映し返してくれる存在が必要です。

 

大人からすれば、「?」なことも多い「ほらみて!」なので、つい、スルーしたり、それよりももっといいものがあるという大人の勝手な観点からあれを与えたりこれを与えたりして、それに関心をもつように仕向けたりします。

 

「ダンゴムシなんかよりも、テーマパークで動物と触れ合う方がよいだろう」というのは、大人の価値観であって、いまはまだ「ダンゴムシ」ならそれでいいわけです。

 

テーマパークはそのうち関心をもつかもしれないし、もたないかもしれない。

 

何より、「テーマパークがいいだろう」と思っている親自身が関心があることに気づかなければならないでしょう。

 

 

健康な自己愛を、なるべく小さな頃に、しっかりと満たしてあげる。

 

この時期の「僕、できる」の「勘違い」は、世界を切り開いていくときの原動力となるものなのです。

 

 

大人になってから自己愛の傷つきを癒すのには、相当な覚悟が必要だと思います。

 

ただし、長期的に取り組めば、必ず、健康になります。

 

「できない」ということの大切さ

  • 2020.06.22 Monday
  • 12:09

 

私たちは小さな頃から、何かが「できる」ようになると周りの大人たちから褒められてきました。

 

大人になってからも、何かが「できる」とそれは成果とされ、評価されてきました。

 

そのためなのか、対人関係においても相手の言うこと(要求)を「できないといけない」と考える人が多いように感じます。

 

「Yes」しか言っちゃいけない、感じ。

 

昔、『「No」と言えない日本人』という本が話題になったことを想い出します。

 

しかし、特に、親密な人間関係においては「できない」ということが、心の境界線を引くうえでとても大切になってきます。

 

どうも、年下の相手や子どもに対しては、大人たちは残酷なまでに平気で「ダメ!」とか「いけない」とかいっているのに、年上やパートナーに対しては同じように言えないのです。

 

よく考えてみると、おかしな話です。

 

「私はそれはできない」ということは、自分の個性のありかを示すものでもあります。

 

自分の主体性を育むものでもあります。

 

「できない」ことは、劣等生や能力の低さを示すものではないのです。

 

「できない」ことがあっても、人間はしっかりと関係を結んでいくことができるのです。

 

ロストジェネレーション・リバイバル

  • 2020.06.15 Monday
  • 14:31

 

いまから12年ほど前、朝日新聞が始めた連載には、こう書かれていた。

 

「今、25歳から35歳にあたる約2千万人は、日本がもっとも豊かな時代に生まれた。そして社会に出た時、戦後最長の経済停滞期だった。「第2の敗戦」と呼ばれたバブル崩壊を少年期に迎え、「失われた10年」に大人になった若者たち。「ロストジェネレーション」。米国で第1次大戦後に青年期を迎え、既存の価値観を拒否した世代の呼び名に倣って、彼らをこう呼びたい。時代の波頭に立ち、新しい生き方を求めて、さまよえる世代。日本社会は、彼らとともに生きていく」

 

ロストジェネレーションとは、1990年代後半から2000年代前半の「就職氷河期」に社会に出た世代の呼び名である。

 

バブル崩壊後の景気低迷期、「失われた10年」に新卒が重なり、希望の職業に就けないまま、非正規、無職となった。そんな若者たちは「氷河期世代」や「不遇の世代」とも呼ばれた。

 

この世代は、ちょうど、団塊ジュニアでもあり、人口規模が団塊世代の次に大きい。最近、国がこの世代の就職を支援しようとし始めている。

 

私は、ちょうど、ロストジェネレーション世代にあたる。

 

私は大学院への進学を考えていたので、大学を卒業する頃に就職活動をほとんどしなかったが、している人たちは100社受けてもひとつも受からないなんていうのはザラにあった。

 

どこまでいっても、競争社会の渦に巻き込まれた世代のように思う。

 

そんな中で、フリーターになる人もいたし、それぞれが様々な生き方を模索した世代でもある。

 

最近、このロストジェネレーション世代で、しっかりと抑うつポジションを経過させて、自分なりの仕事を活き活きとやっている方々に、出会うことが多い。

 

これはとても嬉しいことです。

 

「教員になりたかった…」けど素晴らしく子どもを尊重した居場所をつくっているとか、あるいは、既存の美容業界のやり方に違和感をもってひとり孤独に自営を営み自然体な美容院を営まれている方や、他にもいろいろ。

 

なぜか男性ばかりなのです。おそらく、彼らは男性だったがゆえに(結婚して専業主婦という選択がなく)、自分の働き方についてどこかのタイミングでしっかりと考えたのではないかと思います。

 

対して、女性が自分の働き方や仕事や生き方を考え始めるのは、主に、中年期です。中年期に、ここを経過できる人は幸せだといえるでしょう。

 

話をロストジェネレーションに戻しますが、ロストジェネレーションは就職氷河期という経済禍にあったともいえるわけです。

 

引きこもりやうつを患い、いまも苦しい方も多くいらっしゃるでしょう。

 

けれども、時代は大きく変わりつつあり、中年となったロストジェネレーションの生き方には、個人的には社会変化の兆しを感じています。

 

今日、車を運転していたら、レクサスとBMWとベンツを運転している高齢者に出会いました。彼らの世代は、こうしたものが価値あるものだった。

 

いま、中年期にあたる世代で、高級車が欲しいという方はいるのだろうか?少なくとも、私の知人にはいないのです。

 

私たちが眼を見開いてみるべき価値とは何なのか?

 

高度経済成長期に始まった妄想の時代は、戦争の解離が取り戻されるとともに、終わろうとしているように思います。

女性が自営業になったとき副産物として得られるもの

  • 2020.06.14 Sunday
  • 14:05

 

女性が自営業になると、経済的面ばかりではなく、その他の副産物が素晴らしいので、ここにまとめてみます。

 

個人的には、経済的面よりも副産物の方が、人生を豊かにしてくれるものばかりだと思っています。

 

(1)他者との境界線が引けるようになり、良質な関係性が生まれてくる

 

自営業になるということは、精神分析的に言うと「分離ー個体化」であり、個として自立するわけですから、一度は、孤独のような感覚を味わうこともありますが、その後は、あなたが必要としあなたを必要とする人との関係がつくられていきます。「こう思われるのではないか・・・」と、あらぬことを考えては不安になる関係性が変わっていきます。また、関係性をどんどんクリエイトしていくことができるようになります。

 

(2)世の中の仕組みがよくわかり、世の中のいい面とつきあえるようになる

 

現代社会、「生きていくのはたいへん・・・」なのですが、自営業になると「世の中捨てたもんじゃない」という実感を得ることができるようになります。社会資源を活用することで、世の中のいい面が見えてきて、そことうまくつきあえるようになります。「えっ!助けてくれる場や人ってこんなにいたの?」という気すらすることもあります。

 

(3)(母親が自営業の場合は)子どもが自立する

 

子どもをお持ちの女性の場合には、子どもが自然のプロセスで自立していきます。「自営業になる」という心的プロセスと現実のプロセスを経過すれば心の状態は健康になっていきますので、子どももどんどん健康になりますし、自然と自立していきます。そして、子ども自身の人生の選択肢を拡げることもできます。

 

(4)お金とうまくつきあえるようになる

 

お金には様々なものが投影されます。そのため、お金には現実的に取り組んでいくことがとても大切です。「現実的に」というのは、「将来的にあれとこれと・・・」と不安から考えていくのではなく、長期的な視点からやりくりしていけるようになり、とても自由になります。また、税金についても学ぶことで、社会への循環も生まれてきます。

 

(5)生きるのが楽になる

 

自営業になるということは、日々、主体的に何かを選んでいくという積み重ねでもあります。そのため、主体的に生きることができるようになるので、生きるのがとても楽になります。楽しくなります。

 

 

思いつくままに挙げましたが、もっとあるかもしれません。

 

ただ、こうなるまでの現実的プロセスには、もちろん自分でひとつひとつやっていく地道な作業が必要です。

 

失敗もするでしょうし、傷ついたり、つまづいたりもするでしょう。

 

私の相談室では開業連続講座をおこなっていますが、そこでは、「自営業マインド」を育んでいくことを応援しています。実際に、自営業になり、悩んだりつまづいたときのコーチングもおこなっています。

 

この講座をつくったのには、私自身が長年様々な女性団体と関わる中で直面してきた難問への取り組みがありました。

 

「なぜ、女性団体の運営は行き詰まるのか?」

「なぜ、女性がやりたいことをやろうとしても、うまくいかないのか?」

「なぜ、最終的には衝突することになったり、誰かが嫌な思いをすることになるのか?」

 

など・・・。

 

これらの難問は、心理的・精神分析的に取り組むことで、改善されることがわかりました。

 

そして、女性が活き活きと自営業になることで、「女性の価値が尊重された社会の仕組みができていく」と、(勝手に)思っています。

 

社会学的な観点からすると、女性が自営業となって社会へと自分を表現していくことは、女性の価値観が社会へと浸透し、女性の能力が活かされていくことでもあります。

 

資本主義システムは「健康な成人男性モデル」によって成立していますが、現代ではこれも立ち行かなくなりつつあります。

 

既存の資本主義システムの中で、女性が「男性の真似」や「男性と同じ」ように働くのではなく、女性のリズムに合わせた新しい働き方ができるようになります。

 

ジョン・アーリという社会学者は、女性の生きる時間は「氷河の時間」と言いましたが、つまり「ゆっくりと流れる自然の時間」ということです。

 

そうなったら、既存の資本主義モデルで働き過ぎでストレスフルな男性にとっても、新しい働き方を見出すきっかけになるでしょう。