モノ化された子育て

  • 2020.08.15 Saturday
  • 15:26

 

衝撃的なタイトルにしてしまいました。

 

「モノ化された子育て」。

 

消費社会化の成れの果てでしょうか…。

 

 

子どもというのは、いのちそのものなのですが、多くの親たちは「勝手に」産むんです。

 

親が勝手に産んでいて、「親に感謝しなさい!」って言われる親御さんを見るたびに、おかしなことをいう方だと思います。

 

どんな親も、どこか足りなくて、できそこないだということを、親自身が自覚する必要があるように思います。

 

 

完璧な親なんていないのに、「完璧であらねばならない」という妄想に憑りつかれている方ほど、子どもを自分の手足のように「モノ」化しているように思います。

 

 

「子どもは〇人欲しい」という気持ちも痛いほどよくわかるけれど、それはどういうことなのかを立ち止まって考える必要もあるように思います。

 

世間から認められるため? みんなそうしているから? 自分のきょうだいが〇人だったから? 

 

 

ちなみに、戦後近代核家族は、夫・妻・子ども2人からなる家族が定番でした。

 

しかも、この2人の子どもはたいてい歳の差はあまりなく、2〜3歳くらいの差であったのが特徴です。

 

「まとめて育てれば楽!」とよく言われましたが、子どもにとっては人生の土台作りの大切な時期であり、親にとっては一番手のかかる時期なわけです。

 

「まとめて育てれば楽!」って、ほんとうにそうなのでしょうか…。誰が楽なのでしょうか? 私には、企業や世間にとって楽としか思えません。

 

 

戦前は、多産でしたが、きょうだいの年齢は6〜7歳と離れていました。

 

だから、きょうだいがきょうだいの面倒をみることが可能でもあったわけです。

 

 

「7歳までは神の裡」「三つ子の魂百まで」という、いのちへの敬虔さを記した言葉があります。

 

子どもを丈夫に育むための期間と、女性の自己実現との両立がどうしたら可能なのか。

 

 

そのためには、働き方を変えること、生き方を変えることが必要なように思います。

 

いや、もっと正確に言えば、「変える」のではなく「世間に合わせる必要はない」ということでしょう。

 

「変える」というよりも、「本来の自分に戻って、自己活性化」ということなのだと思います。

 

 

「モノ」のように扱われている子どもたち、親や大人はまったくそのつもりはないし、わかっていないのだけれど。

 

毎日、そういう子どもからのSOSが私のところに送られており、この問題の大きさを感じています。

 

子どもの贈り物

  • 2020.06.24 Wednesday
  • 16:47

 

子育て中は、毎日毎日が忙しい。

 

いまの世の中、親が世間に学校に会社にと「体裁」を整えることに夢中になってしまうことがある。

 

子育てのことについて、周りの人から「世間では〇〇」と言われ、自分や自分の子どもと比較し、不安になったり心配になったりする。

 

親が世間のことで頭がいっぱいな中でも、子どもはいつも親に贈り物をくれている。

 

ふっと、子どもに心を向けると、子どもはいつでも親に心を向けている。

 

子どもからの贈り物を、受けとるだけでいいのに。

 

それで子どもは、自信をつけ、自分の価値をもち、自己肯定感をもっていくのに。

 

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子どもが、学校の図工で作ってきた折り紙の作品を、持って帰ってきた。

 

先生も、「お母さんにあげたい」という子どもの心を受けとって、子どもに持ち帰らせた。

 

親と子とそれを取り囲む人たちとの、心あるやりとりの積み重ねができることは嬉しくたのもしい。

 

「子育て」について考えられるようになった時代に寄せて

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 21:31

 

JUGEMテーマ:整体子育て

 

気づけばときは令和。

 

私が生まれたのは昭和で、息子は平成。

 

時代がこれほど変わっているのに、私たちはまだ昭和の家族や子育てのあり方の観念に縛られていると、ふと感じることがあります。

 

最近、私の指針としていた60代の師の説に、心底共感できないことがあり、個人的に驚いたことがありました。

 

彼ら/彼女らや私たちの誰かが間違っているのではなく、立場の違いやポジションの違いであり、また、ときに子どもや時代が先んじている場合もあるように感じています。

 

子どもの方が、よく知っている。

 

私たち大人は、未来からやってきた子どもたちが、活き活きと生きられる、社会設計をしなければいけないと気づかされます。

大正時代のエレン・ケイの『児童の世紀』、昭和時代のフィリップ・アリエスの『〈子ども〉の誕生』、日本では平成の児童虐待防止法。

 

私たちは、「子育て」や「いのちの育ち」について、やっと考えられる時代に入ったのかもしれません。

子どもたちに大人の無知の頭を垂れながら、しかし、子どもたちを守りながら、一緒によりよい世界を創っていきたいと思うのです。

 

そして、それがもし可能だとしたら、大人たちが、自分自身を省みることからしか始まらないと思います。

しかし、日々心理療法に携わっている身としては、自分を省みること・自覚することの、その難しさや背後にある痛みを知っています。

 

それでもやはり、私はそのうえで、より良くなろうとして体と心と関係の風邪を、自ら「引く」という、いのちの力を信じたいと切に思います。

 

歯科界の進展なのでしょうか、小児科界には老賢者がいるのでしょうか

  • 2019.11.24 Sunday
  • 16:54

 

住んでいる自治体の子どもの就学前健康診断で、内科の先生は背骨の弾力を触診で観察する診察をされていて、ビックリしました。子どもと対面した瞬間に、子どもを観るまなざしは確かだと感じてしまった。野口整体をご存知なのだろうか? 昔の小児医療ではこういうことをされていたのだろうか? もう80代になろうという、この地域で小児医療をなさってきた先生でした。

 

歯科の先生は、最近この地域で開業された私と同年代の先生で、虫歯のある息子の歯を観て、「自然咬合、噛み合わせのかかりつけ医」に行ってる話をしたら、虫歯なしと診断されました(ちなみにこの虫歯は、かかりつけ医からは2歳のときにできた虫歯と言われているやつ。私がまだまだ、産後ケア真っ最中のとき)。もちろん、行政の仕事でもあるせいか、今後、必要があれば治療してください、というコメントはありましたが(たいへん現実的で良いと思いました)。

 

あまりにも衝撃的で、私の世界の見方が偏っていたのか、たまたまこういう素晴らしい方に巡り合わせたのか、よくわかりません。

 

でも、嬉しかったです。