見田宗介『現代社会はどこに向かうか』を〈心〉との関係から読む(2)

  • 2019.08.18 Sunday
  • 14:55

 

「合理と非合理を自在に往還する精神=〈メタ合理性〉の水準こそが、近代合理主義の後の時代の、精神の骨格を形成するものと考えることができる」(41頁)

 

と、見田さんは書いたうえで、NHK放送文化研究所の「日本人の意識調査」のデータを分析しながら、「再魔術化」について触れている。

 

それは、「信じているもの」について聞いた質問項目への回答の、1973年時点と2013年時点での変化から記述される。

 

2013年では「あの世、来世(21%)」「奇跡(26%)」「お守りやお札などの力(26%)」「易や占い(11%)」を信じると答えた割合が、73年に比べて10〜15%以上増加しているのである。


見田さんは、「この意識の変化が、〈メタ合理性〉であるわけではないが」と論じたうえで、「手さぐりの試行錯誤の触手たち」だと述べている。

 

見田さんが論じる〈メタ合理性〉について、私はまったく同感するし、それが次の時代の精神の骨格であるという直観についても、とても共感している。

 

しかし、意識調査に現れているそれらは、〈メタ合理性〉への触手だとはやはり考えにくいと思っている。

 

意識調査の結果はむしろ、《混沌とする社会現状への思考停止状態》であって、精神分析の用語でいえば《解離》であって、未成熟な人間の「どうにかなるさ」という地道さのなさ、に思うからである。

 

1980年代から始まった自己啓発セミナーは今日ではいわゆる「スピ系」といわれるようなジャンルとなって存続し、バリエーションも増えてきている。

 

おそらく、見田さんがこれらのカルチャーに接触する頻度の少なさからくる、記述の限界であるように思う。

 

また、未来への種まきとしての、こうしたカルチャーに属する人たちへのメッセージなのかもしれない。真実は、聞いてみないとわからないが。

 

 

「混沌としすぎていてよくわからない、考えれば考えるほど不安になるから、考えるのをやめよう。どうにかなる」と、見たくないものを切り離してしまうのは、あきらかに《解離》だ。

 

手間ひまを惜しみ、ことなかれ主義を生きようとする心性だ。

 

なぜこのような心性が生まれたのか。

 

それは、近代合理化によって可能となった未来予測と、未来への計画が立てられるようになったがために生じる《不安》が、そうしたのである。

 

《不安》を感じられるのは、人間の意識の進化でもある。

 

しかし、《不安》の取り扱い方がわかっていないのが現代社会だ。

 

結局、将来のためにと保険をかけるしかなく、それは《いま》を生きることを忘れさせる。

 

これからの私たちに求められるのは、こうした《不安》を抱えるだけの心の器を創ることである。

 

それができて初めて、〈メタ合理性〉という精神骨格が創られると考える。

 

《不安》を抱えられるだけの心の器ができて初めて、他者を交歓できる、他者に共感できるのだ。

 

そこに、躁転はない。解離はない。防衛はない。そうしてやっと、平和につながる。

 

 

柳田国男「あれはあれ、それはそれ、ふたつを生き分けて何の屈託もなく…」

 

見田宗介「シーザーのことはシーザーに、魂のことは魂に」

 

となるには、これもまた安定した関係性の中で現代の通過儀礼である《抑うつポジション》を経過させられるだけの、《心の器》を拡げていくことしか道はない。

 

見田宗介『現代社会はどこに向かうか』を〈心〉との関係から読む

  • 2019.08.18 Sunday
  • 10:33

 

大好きな見田宗介さんの本を久しぶりに読んだ。

 

2018年に出版された『現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』(岩波新書)である。

 

実直な統計データに基づきながらも、ダイナミックな論を展開するその力強さには、いつも感嘆する。

 

ただ、私が社会学からさらに深層心理学や精神分析などを学んだせいだろうか、やや物足りなさを感じたのも事実である。

 

見田さんの直観の鋭さはほんとうに素晴らしいが、その直観を説明するには社会学だけでは足りない、と言った方が正確だろう。

 

それは、例えば、108頁などに端的に書かれている。

 

2008年の秋葉原の事件や、2011年の東日本大震災、それよりも前から社会問題化してきたリストカットする若者たちに言及し、次のように書いている。

 

「リストカットの少女たち、無差別殺人の青年たちが求めているものもあの被災地に駆けつけた若者たちが求めているものと、同じものであるのではないかと思う。少女たち、青年たちが、自分を傷つけたり人を殺すのとはべつの仕方で、生きるリアリティを取り戻す仕方を見出した時に、歴史はまた一つ新しいページを開くのだと思う」(108頁)。

 

ここで、見田さんは若者たちが「生きるリアリティ」に渇望しているという現状があり、そのリアリティを渇望するエネルギーが自分自身や他者を傷つけることに向かう場合と、他者を援助しようとする方向に向かう場合があることについて書いている。

 

私も、このエネルギーは援助と自害/他害という、一見、真反対の方向に向かう力があると思う。

 

エネルギーが援助の方向に向かえば、社会的には「いいことしている」という評価がされるため、その奥底にある心の渇きはなかなか見えてこない。

 

福祉系の職を目指す若者たちを教えていたとき、彼ら/彼女らの多くが、自分自身が何らかの被害者であることを知った。

 

長く勤める先生に聞いたら、「ほとんどそうです」と困ったような変な顔をしながら言っていた。

 

一方で、エネルギーが自害/他害に向かうと、社会的には「問題」とされる。心の奥底の渇きが癒されることなく、彼ら/彼女らはますます自分自身を責めていく。

 

 

「生きるリアリティをどうしたら取り戻せるのか?」

 

という見田さんの問いは、彼ら/彼女らの心の渇きについて知る必要がある。残念ながら、この、心の渇きについては、社会学ではアプローチしきれない。個人心理学でも難しい。

 

なぜなら、この心の渇きは「自己活性化」の不全に基づくものであるからだ。

 

自己活性化とは、たったひとつの自分の個性を生きていくこと、である。誰に押し付けられるのでもなく、誰かの模倣でもなく、世間の評価などは気にならない生き方。

 

そこには、真の自由がある。

 

「自由」を求めた60年代〜70年代の若者たちの叫びも、自己活性化とかかわるとみている。

 

それは、社会学者・小熊英二氏が『1968』で明らかにしたように、学生運動に参加した人たちにリストカットや摂食障害がみられたこと、アイデンティティの渇望だったことからうかがいしることができる。

 

この自己活性化は、日本社会では「出る杭は打たれる」「空気を読む」という社会環境・人間関係がほとんどであるため、多くの人が「不全」で終わってきた。「不全」で終わると、その後、様々な症状となった心や体に現れる。

 

自己活性化が再び促進されるには、安定的な関係性における心の育みが必要だ。

 

これには一種の「治療」というべき心理療法が必要であり、「病気」として「診断」されないがために取り組みが困難になっている、現代の社会病理なのである。

 

マジョリティが病理であれば、それは病理として社会に認識されないことは、E.デュルケムが論じた通りである。

 

今日のマジョリティの病理は、パーソナリティ障害がテーマとなっているが、そのことについて論じるのは次の投稿にする。

 

合気道の師匠のこと

  • 2019.06.14 Friday
  • 12:55

 

ふと、丸山修道先生のことを想い出した。

 

私の合気道の師匠で、私はこの人のあり方を「すごい」と思っていたし、いまもそう思う。

 

 

先日、眼鏡のとよふくさんに行って、「スポーツを何かやっていましたか?」と聞かれて、合気道の話になった。

 

とよふくさんが大切になさっているハガキ道の坂田道信さんが心身統一合気道の藤平光一さんをたいへん評価されていたようで、私の合気道の師匠の丸山先生も藤平先生と認識を同じにして合気道をなさっていた、という話になったのだった。

 

 

丸山先生は、あまりご自分のことを語られなかった。

 

「私はあまり自分のことを話さないんだ。でも、あなたには話そう」

 

と、私に、ぽつぽつと昔の話をしてくれた。

 

 

戦後しばらくして、アメリカで合気道を拡げるよう命じられて行かれたらしいが、そこで目の当たりにしたのは、アメリカ人の体格の大きさと強さだったという。

 

「ふつうにアメリカ人とやりあったら、顔面の鼻を折られた」と言っていた。

 

「アメリカ人に通用する合気道にしなければ」と相当探究されたらしい。

 

「お金がなかったからカップラーメンばかり食べて、身体が黄色くなった」とも言っていた。

 

 

「翁川さん、私はね、あなたがなぜかここに来たから、本を書こうと思うんだ」

 

と言って、稽古の前に毎回、手書きで書かれた何枚もの原稿を私に読んで聞かせてくれた。

 

「だいたいね、みんな〈気〉というものをほんとうはわかっていないんだ。これがなかなか伝わらない」

 

と言いながら読んでくださった原稿の内容は、私には確かに腑に落ちるものだった。

 

 

私は丸山先生に投げられるのが好きだった(マゾではないけど)。

 

丸山先生に投げられて、宙を舞うときのあの感覚は、なんとも言えず気持ちよく、しかも、受け身がちっとも痛くなく楽にできるのだった。

 

 

丸山先生のところにいたときは、私は大学院生だったので、心身が不調なことが多かったが、先生はいつもかわらず微笑を浮かべてそこにいた。

 

私が名古屋を去るときにも、かわらずそこにいてくれた。

 

 

それから数年して、私は野口整体に出会った。

 

これもまた、〈気〉の世界だった。(野口晴哉先生は植芝盛平先生にスカウトされている。)

 

 

魔術的でもなく、カルトでもなく、躁転することもなく、防衛でもなく、〈気〉の話を書ける日が来ることを願っている。

 

 

 

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