【学ぶ会】3月28日(土)発達障害と愛着関係について学ぶ会

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 21:32

 

近年、子どものみならず大人の発達障がいについても大きく注目されています。

 

なぜ、近年、こんなにも発達障害が注目されるのか、考えたことはありますか?

 

発達障害と診断された子どもたちの中には、実際には発達障害ではなく「愛着関係のつまづき」で、誤診されているケースが増えています。

 

今回の勉強会では、発達障害と誤診される愛着関係のつまづきをとりあげます。

 

いつの時代も、子どもは私たち大人や社会を映す鏡です。

 

愛着関係は、第一次集団と呼ばれる重要な養育者や近隣関係からはじまり、第二次集団と呼ばれるちょっと親から離れた大人たち(幼稚園や保育園や学校など)との間での関係、これらが基盤となっていきます。

 

発達障害を長年研究してきた児童精神科医・小林隆児らは、発達障害について「関係」と「甘え」からみていくアプローチを提唱しています。

 

これまで日本では、発達障害について「関係」や「甘え」の観点から取り組んでいる事例やアプローチはあまり取り上げられてきませんでした。

 

この観点は、実は、「古くて新しい」ものなのです。

 

子育て中の方、幼稚園や保育園の専門家の方、子どもの発達障害的傾向でご心配されている方は、必ず、ヒントが見つかる内容です。

 

ご一緒に、学びませんか?

 

経験的な内容や事例も踏まえて、わかりやすく噛み砕いてお伝えいたします。

 

この学ぶ会では、子どもや大人の発達障害についてご関心のある方、愛着について学びたい方、関係療法アプローチについて学びたい方、子どもの育ちとコミュニティ・子どもの育ちと社会・女性の生き方について考えたい方、専門会の方、初心者の方のご参加をお待ちしています。

 

日時3月28日(土)13:00〜15:30

ご予約 こちらのご予約フォーム https://tsukitotaiyou.net/contact

または、yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

場所● ウォルプタスの家(葉山町)

料金● 3,000円+税(資料代、あたたかいお茶代込)

ナビゲーター 翁川花伊子(「さんごの暮らし相談室」カウンセラー)

その他 Skypeにて、オンライン受講ができます。遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。 

URL https://twitter.com/tsukitotaiyou35

 

「子育て」について考えられるようになった時代に寄せて

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 21:31

 

JUGEMテーマ:整体子育て

 

気づけばときは令和。

 

私が生まれたのは昭和で、息子は平成。

 

時代がこれほど変わっているのに、私たちはまだ昭和の家族や子育てのあり方の観念に縛られていると、ふと感じることがあります。

 

最近、私の指針としていた60代の師の説に、心底共感できないことがあり、個人的に驚いたことがありました。

 

彼ら/彼女らや私たちの誰かが間違っているのではなく、立場の違いやポジションの違いであり、また、ときに子どもや時代が先んじている場合もあるように感じています。

 

子どもの方が、よく知っている。

 

私たち大人は、未来からやってきた子どもたちが、活き活きと生きられる、社会設計をしなければいけないと気づかされます。

大正時代のエレン・ケイの『児童の世紀』、昭和時代のフィリップ・アリエスの『〈子ども〉の誕生』、日本では平成の児童虐待防止法。

 

私たちは、「子育て」や「いのちの育ち」について、やっと考えられる時代に入ったのかもしれません。

子どもたちに大人の無知の頭を垂れながら、しかし、子どもたちを守りながら、一緒によりよい世界を創っていきたいと思うのです。

 

そして、それがもし可能だとしたら、大人たちが、自分自身を省みることからしか始まらないと思います。

しかし、日々心理療法に携わっている身としては、自分を省みること・自覚することの、その難しさや背後にある痛みを知っています。

 

それでもやはり、私はそのうえで、より良くなろうとして体と心と関係の風邪を、自ら「引く」という、いのちの力を信じたいと切に思います。

 

本質ばかり

  • 2020.03.04 Wednesday
  • 15:42

 

本質ばかり。

 

自分の講座の録音を聞いていたら、我ながら、本質的なことしか話していなくて驚いた。

 

そうだった。

 

私は昔から、「本質」ばかりを問うてきた。

 

「本当のこと」が知りたくて、様々な学問領域を学んできた。

 

マスメディアと大衆が作る、擬似環境ではないところで生きてきた。

 

それは、譲れないことでもあった。

 

本当のことを知るのは、ときには怖い。マジョリティとは異なる世界へ移行するから。

 

でも、本当のことは、人生に確かさを与えてくれる、と私は思っている。

 

「私はただ、ここにあっただけだ」とは、禅の教えでもある。

 

 

***擬似環境(ウィキペディアより)***

 

社会学者、W.リップマンが提唱した。

 

マスコミによって構築された環境のことを疑似環境というわけであり、現代社会においての民衆というのは、この疑似環境で暮らしているということに他ならないということである。

 

疑似環境というのはマスコミの情報の受け手によっても構築されているということであり、現代社会に住む民衆というのは、マスコミが伝達する膨大な情報を統合して理解するという能力が有されていない。

 

このために情報を適当に取捨選択して、自らの生活にとって都合の良い像を自らの頭の中に作り出すといった行いをしており、このような行いからも疑似環境というのが作られていくということである。

【読書会】ユング心理学者・河合隼雄『こころの子育て』読書会(2020年2月29日)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 11:59

 

ユング心理学者・河合隼雄『こころの子育て』読書会

 

日時 2020年2月29日(土)13:00〜15:30

参加費 1,500円+税(ハーブティー、資料代込)

場所 ウォルプタスの家(葉山町)

ナビゲーター 翁川花伊子(博士(社会学)/関係療法カウンセラー/整体セラピスト)

ご予約 yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。インターネット環境がおありの方は、無料オンラインにてご受講できます。

 

 

ユング心理学者の河合隼雄さんは、実は、子育てについて優れた本をいくつも書かれています。今回は、そのうち、

 

『過保護なくして親離れはない』
『子どもと悪』
『こころの子育て』

 

の3冊から厳選した箇所を読みます。

 

子どもの人生を阻害するのは「過保護」ではなく「過干渉」です。

 

では、「過干渉」とはどういうことをいうのでしょうか。

 

また、河合氏のいう「過保護」とはどういうことなのでしょうか。これは、現代の「甘やかし」とは似て非なるものです。それは、「愛着関係」の話なのです。

 

河合氏は、「子どもが親から離れるためには、母子一体となった濃密な、悔いのない関係がまず成立していなければならない」と言います。

 

また、子どもが親から独立するときには、必ず、「対決」といった局面が出てきます。

 

今日、家族病理の根底にあるのは、この「対決」の先延ばしだと言われます。戦後近代核家族の形成以来、見かけ上の「ケンカのない幸福な家族イメージ」という「幻想」

を守るために、「生身の人間のやりとり」が存在しない家族が多くありました。

 

河合氏は、こうした幻想家族には、必ずIP(アイデンティファイド・ペイシェント=患者の役割を担っている人)が存在することを、いくつもの臨床経験から論じています。

もし、あなたが親子関係で苦しんでいたり、家族から「理解できない存在」とされていたのなら、あなたはこの「幻想」から降りて、「現実」を生きようとしたからこそなのかもしれません。

 

『こころの子育て』はQ&A方式で、「対決」の作法について学ぶことができます。

 

Q「子どもが学校に行きません。どうしたものでしょうか。」
A「せっかく行かないのだから、チャンスだと思ってください。」

 

Q「同じ苦労を子どもにさせまいという思いが通じません。」
A「自分が考える幸福を押し付けても役に立ちません。」

 

など…。

 

毅然とした態度で、しかし軽やかにユーモアあふれる河合氏の語り口が楽しめる本です。

 

子どもの育ちについて学びたい・考えたい方、自分の親子関係について考えたい・振り返りたい方、ユング心理学について学びたい方、本を読むのが好きな方、教養を身につけたい方、専門家の方、初心者の方のご参加をお待ちしています。

【学ぶ会】自己活性化と「等身大の自分を生きる」ということ勉強会 ―― 心の成熟と自由のための社会心理学(2020年1月25日)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 11:57

 

自己活性化と「等身大の自分を生きる」ということ勉強会

―― 心の成熟と自由のための社会心理学―― 

 

日時 2020年1月25日(土)13:00〜15:30

参加費 2,000円+税(ハーブティー、資料代込)

場所 ウォルプタスの家(葉山町)

ナビゲーター 翁川花伊子(博士(社会学)/関係療法カウンセラー/整体セラピスト)

ご予約 yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

 

 

「自分らしく」といった言葉や「個性の尊重」といった教育方針は、日本1980年代から始まりました。

 

その前、1960年代にはアメリカから「アイデンティティ」という言葉が輸入され、社会学者・小熊英二氏によれば、当時の若者たちは自分のアイデンティティへの希求から学生運動に走った人たちも多かったといいます。

 

1980年代には自己啓発セミナーが流行し、一部はカルト化するなど、社会的なテーマともなりました。

 

しかし、「アイデンティティ」とは何なのか。「自分らしく」とは何なのか。日本で多くのアイデンティティ論がでましたが、どの著者も、結局のところ「アイデンティティがわからなくて研究していた」のです。

 

アイデンティティや自分らしさが、腑に落ちて実感できないという方が多くいらっしゃるのは当然のことともいえます。

 

日本社会は、明治期まで世間というつながりをベースにしていたので「個」についての感覚や意識は現代とはまったく異なるありようでした。夏目漱石の『こころ』は、明治期に導入された個人主義によって彼が初めて出会った自分の「自我」への衝撃を書いています。

 

ときは令和。時代を経れば、私たちは「個」という感覚や意識をしっかりもてるようになったといえるのでしょうか。

 

実は、「個」として自立し、「私らしく生きる」には、心的次元での「分離−個体化」というプロセスを経る必要があります。

 

「分離−個体化」のために、昔は、通過儀礼という社会的装置がありました。

 

しかし、現代社会では、通過儀礼という社会的装置はなくなり、私たちは自分自身でこのプロセスを経過させねばならなくなりました。

 

「分離−個体化」を経過させるには「心的な痛み」をともなうために、ここを正面から取り組めず多くの場合「躁転」が起こります。また、自傷行為を繰り返すケースもあります。

 

躁転は、字の通り、ハイになってごまかすことです。自分には「やりたいことがある」と言いながら、地道に自分でやることをせず、暗黙の力で人を使ったり巻き込んだりしてしまいます。

 

実は、その背後には、「自分になる」ことへの「不安」や「恐怖」があるのです。

 

1990年代に漫画家・岡崎京子氏が若い女性たちに熱烈な支持を受けました。岡崎京子氏の漫画で描かれた人たちの心には、この「分離−個体化」のテーマがありました。岡崎京子氏が描いた人たちには、自己価値の切り下げ・内的外的批判・依存症というものがありました。

 

今回の勉強会では、「自分の人生を等身大でいきいきと生きる」ためのヒントについて、心的次元のプロセスと、そのプロセスを経過させる際の難しさとその乗り越え方、そして豊かさ・楽しさについて、良質な精神分析・発達心理学の知見を交えて、わかりやすくお伝えいたします。

 

ご自身のことに取り組みたい方、やりたいことを実現させたい方、人生中盤に入って自分の人生を考えたい方、豊かに生きたい方、初心者の方、専門家の方のご参加をお待ちしています。

【読書会】『母親になるということ――新しい「私」の誕生』読書会(2019年12月28日)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 11:55

 

『母親になるということ――新しい「私」の誕生』読書会

(ダニエル・N・スターン&ナディア・B・スターン、2012年、創元社)

 

日時 2019年12月28日(土)13:00〜15:30

参加費 1,500円(あたたかいお茶、資料代込)

場所 ウォルプタスの家(葉山町)

ナビゲーター 翁川花伊子(関係療法・家族療法カウンセラー/社会学博士/日本福祉大学など歴任)

ご予約 yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

 

《内容より》
……「娘」から一人の女性へ、そして「母親」へ。「母親になること」で心に生まれる歓び、動揺、変化、ジレンマ…子どもを宿した女性の内に「母親」という今までとはまったく異なる「自分」が誕生するまでの心の動きを丁寧に綴る……

 

……女性はある一瞬に母親に生まれ変わるわけではなく、出産前後の何か月にもわたる心の仕事の積み重ねによって、母親となるのです。わずかな期間に生じる根本的変化のせいで、あなたは大きな何かを失うとともに、すばらしいものを得るでしょう……

 

《目次より》
第1部 母親になるまで
・妊娠――新しい「私」になるために
・出産――変化のとき
・想像上の赤ちゃんと現実の赤ちゃん

第2部母親が生まれる
・赤ちゃんの命を守る
・愛する責任
・認められたい気持ち
・あるお母さんの体験
・もし、赤ちゃんとお母さんが日記を書いたら

第3部 母親の適応
・特別な配慮のいる子どもたち――未熟児や障害児の赤ちゃん
・いつ仕事に戻るか
・父親になる夫たち

 

 

乳児精神科医スターン夫妻による、「母親」となる・なった女性の心の変化を丁寧に分析した、とても良質な本の中から、厳選した箇所を読みます。

母親となる・なった人、父親となる・なった人、子育てに不安を抱えている方は、この本を読むことで、「この体験は自分だけではなかった」という安堵感や、アイデンティティの変化を経過させる指針が得られることでしょう。

読書会では、本全体の内容を解説するとともに、精神分析や心理学の専門用語をわかりやすく噛み砕いてお伝えいたします。

ご自身のことに取り組みたい方、妊娠中の方、子育て中の方、夫婦や家族について考えたい方、初心者の方、専門家の方もぜひお役立てください。

子育て中にイライラしにくくなり、持久力がつく、ご自身でできる野口整体のセルフケアについても、少しだけお伝えいたします。

ご参加をお待ちしています。

 

子育ての大切さを考えられるようになった時代に添えて

  • 2020.02.05 Wednesday
  • 15:42

 

現代人が抱える心のテーマについて、少しお話したいと思います。

 

戦前と戦後で大きく変わったことのひとつに、家族形態があります。

 

 

私たちは基本的に、自分が生まれ育った家族(定位家族)の常識しか知りません。

 

戦後の家族形態は、家族社会学では「近代核家族」を呼ばれる特殊なものなのです。

 

それは、「夫、妻、子ども」という家族構成と、男性が「サラリーマン(従業員)」という働き方をし、女性は家事や育児をおこなうといういわゆる「性別役割分業」によってなる家族形態です。

 

現代は、女性の社会進出もすすみ、女性もサラリーマンをしながら家事育児をおこなうという、いわゆる「ワンオペ育児」が話題になっています。

 

そこから芋づる式に、保活問題などが出てきます。

 

このような近代核家族マインドのままの家族のあり方は、にっちもさっちもいかなくなりつつあり、多くの方たちが悩んでいます。

 

 

話を戻します。

 

近代核家族になりたつためには、「住まい」の問題と「子育て」の問題が一挙に解消されなければなりませんでした。

 

そう、女性ひとりで家事育児をこなすためのネットワークが、社会的に用意されたのです。

 

それが、団地でした。

 

団地に住む近代核家族の中では、誰もが子育てを手探りでおこないました。

 

それまでは、祖母たちから連綿と続いてきた子どもを育てるためのネットワークが分断されてしまったのですから。

 

 

このような子育て環境のなかで、1980年代頃から子どもが親に暴力を振るう家庭内暴力がニュースをにぎわせるようになりました。

 

今日は、引きこもりとしてこの社会の闇の中にひっそりと息をひそめている、50代以上の人たちが驚くほど多くいるのです。

 

 

子育ての結果が出るのは、何十年もかかります。

 

私たちは、今日の社会問題をみて「ああはなりたくない、うちの子は大丈夫かしら」と忖度したり心配する前に、ひとりひとりが子育てのあり方について真剣に考えなければならないところにきていると思います。

 

近年、精神分析でも注目されてきている「愛着理論」は、私のこの着眼点を確かにするものといえます。

 

 

また、日本には、子育てのための文化として野口整体があることも、ぜひ知っていただきたいと思います。

 

「子どもは、親の注意を集めて生きる」というのが野口整体の子育て法の基本です。

 

これは、愛着理論では「調律のとれた応答」と呼ばれるものだといえます。

 

 

人間の心は、関係性の中で育まれます。

 

そして、心は大人になってからも、育まれ続けます。

 

このことの大切さを、日々、お伝えしたいと思っています。

 

文化としての野口整体

  • 2020.01.18 Saturday
  • 17:03

当相談室は、野口整体を「文化」として再評価しています。

 

大正時代に野口晴哉氏を中心としながらまとめられた野口整体の良さはたくさんあり、私は現代社会でそれを十分に活用していくことは、現代の子ども・女性・家族にとってとても有益なことだと思っています。

 

「文化」として再評価したいのは、特に、野口整体による「子育て」です(ご関心のある方は、下記の絵をクリックするとお読みいただけます)。戦後、日本は近代核家族化が急速にすすみ、子どもの産み方・育て方のノウハウが一掃されていく中で、野口晴哉氏がまとめた子育ての操法は欧米の愛着理論や児童精神分析からその重要性が証明されつつあります。

 

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 現代は、ポストモダンと言われる時代です。ポストモダンとはどんな時代なのでしょうか。「大きな物語から小さな物語へ」という表現が、ポストモダンを説明するときによく用いられます。

 

ポストモダンは、人間が無自覚的にコミットしていた集団アイデンティティやパラダイムから解放され、人間ひとりひとりが「個」としてのアイデンティティとパラダイムを生きる時代といえます。

 

それゆえ、ひとりひとりが自分の人生の「意味」を紡がないと、なんとなく「生きている感じがしない」「生きている意味がない」と思いやすいのです。

 

どうしたら、人生の意味を紡げるのでしょうか。私はこの問いを20年以上かけて考え研究し続け、いま、関係・心・体の三位一体で取り組むことが必要であると思っています。つまり、社会科学と精神分析・心理学と医学など、あらゆる良質な知見を全体的に用いることが大切なのです。

 

関係・心・体の中で、今日、最も必要性が高いのは「関係」です。

 

いま多くの若者たちから大人たちまでが、居場所探しをしたりシェアしたりと、「関係」を欲しています。一方で、他者のまなざしを恐れたり、他者にどう思われているのか怖いという方も、たくさんいます。

 

関係を欲しているのにもかかわらず関係が怖いとは、どういうことなのでしょうか。これは、「心」と深く関係しています。

 

日本では、体への取り組みはたくさんなされていますが、心とその心を育む関係性への取り組みはまだ始まったばかりです。

 

そもそも世間のつながりの中で生きてきた日本人が、そこを離れ、改めてつながりを感じるには、心の個体化・主体化が鍵を握ってきます。

 

昔の日本には礼節文化がありました。それはつながりの中で生きている日本人たちが、他者に出会う前の「境界」として機能していました。文化的・社会的装置として他者との境界があったのです。

 

しかし今日、消費社会化以降のさまざまな関係性の中で、他者との境界に土足で踏み入ることが無自覚的になされるケースがありました。「つながりたい」「親密な感じでしゃべりたい」のは、他者を必要とし他者に共感を求めるからこそです。しかし矛盾するようであるけれども、真の共感や確実なつながりは、まず、他者との境界があることでなされるのです。

 

礼節文化が境界として機能していたのならば、それを取り戻せばよいというのはやや安易な考えです。なぜなら、人間の意識は進化しているために、昔と同じことをやればよいという単純な解決策は通用しないのです。私たちは、過去を継承しながらも、現代を生きているのです。 

 

他者に土足で踏み入ることはたいへんな危険をともない、ともすれば、共依存関係に陥りかねません。DVや虐待といった社会問題も、ここと深く関係しています。心のやわらかい部分へと触れるには、それがしっかりと守られる枠・額縁・関係のあり方が必要なのです。

 

自己と他者との境界があることは、お互いへの敬意であり、いのちへの敬虔さでもあります。

 

社会学者・見田宗介氏の言う「交響するコミューン」は、個としての境界がある者同士が、目的によってつながることで奏でられるものであり、成熟した社会の姿だと言えます。

 

野口晴哉氏の書物を読むに、見田宗介氏の述べるようなコミュニティのあり方を構想されていたと私は感じており、そのために、体癖論を展開されようとしたと思っています。

 

現代野口整体では、施術者とクライアントとが、共に「地平を共有すること」を大切にしています。これはパターナリズムからの脱却であり、家父長制からの転換を意味します。

 

また、応答関係(コール&レスポンス)を大切にしています。これは、個と個の境界の確立と、そのうえでの共感を意味します。

 

施術者が「良くする」のではなく、クライアントが自ら「良くなっていく・良くしていく」ことのサポートをしています。

 

私が野口整体から学んだことはたくさんありますが、ひとつは「人間は自分で治癒する力があり、危機は好機である」ということであり、ひとつは「生命エネルギーを生ききることで人間は健康になる」ということです。

 

現代野口整体では、上記を十全に可能にするために、西洋のユング心理学・関係療法・現象学を取り入れました。

 

現代人向けの野口整体を、ご自身の人生を健康に豊かに生きるためにぜひご活用いただきたいと、心から思います。

 

「さんごの暮らし相談室 月と太陽」へようこそ

  • 2020.01.18 Saturday
  • 16:15

 

出産や子育てを機に、また、人生中盤に入ってから、それまでのキャリアや集中してやってきたことが、日々の暮らしにうまく結びついていないとお感じになられたことはありますか? なんだか生き辛い世の中だとお思いになられたことはありますか? このままでいいのだろうかとお考えになられたことはありますか? ご自身の能力を活かしきれていないと思われたことはありますか? 

 

ポストモダンと呼ばれる時代に入ってから、私たちは自分で人生の物語を紡がないと生きている意味を感じにくくなってきました。人生の物語の主人公には、成長の節目で必ず通過儀礼があります。昔は社会的装置としてあった通過儀礼ですが、今日では、自分自身で経過させなければならなくなりました。

 

現代は、ジェンダーへの理解も進み、仕事も子育ても性別役割分業にとらわれずにやっていこうとお考えになる方が増えています。しかし、一方で、そのバランスに悩んでおられる方もたくさんいます。

 

パートナーに共感が得られずお悩みの方、パートナーと対立関係になったり、あるいは逆に、パートナーとやっていくことをあきらめている方、パートナーに期待しているけれどもそれを言葉に出せずに批判的になりがちな方もたくさんいらっしゃいます。

 

戦後近代核家族イメージに、逆に、キャリアに不自由さをお感じになられている方もいます。従来のロールモデルに違和感を抱えている方、現実の関係と心とにずれを感じている方もいます。

 

結婚の考え方も多様化し、非婚・シングル親・夫婦別姓などを志向される方も増えてきています。その一方で、結婚や出産をめぐる女性ならではの心と体の悩みを抱えている方もいます。

 

現代のような家族のあり方・夫婦のあり方・子育てのあり方を経験するのは、日本の歴史上、初めてのことです。結婚や家族についてのクリアカットな理論やモデルを提出することはなかなか難しくなってきました。

 

鍵は、関係性での合意形成の方法を取り入れることと自己活性化、主体化です。

 

当相談室は、現代の女性たち、産後・子育て中の女性の方、人間関係での切実なお悩みがおありの方、意味のある人生を送りたい方、成熟したい方を、心から応援しています。


 

 

定期的に講座・読書会・ワークショップもおこなっています。

 

ご案内のお便りをメールにてお送りしていますので、よろしければメールマガジンにぜひご登録ください。

 

どうぞお気軽に、お問い合わせください。

 

お母さん、それを言ってくれてありがとう

  • 2020.01.09 Thursday
  • 15:45

 

息子が水ぼうそうになりまして。

 

整体的には水ぼうそうを経過すると、腰が育つと言われています。

 

とはいえ、6歳になった息子からすれば、体にポツポツが出るのは、初めての体験(息子が記憶のない頃に、はしかやらはやっているけど)。

 

今日、足湯をしていたら、息子が涙目になりながら、

 

息子「あー、気持ちいい。お母さん、これで水ぼうそうが治る?」

 

私「そうだね、お熱を出し切って、ポツポツも出し切って、そうしたら治るね」

 

息子「(涙声で)久しぶりだ。こんなポツポツ久しぶりだ」

 

私「怖かった?」

 

息子「(涙目で目をウルウルされながらうなづく)お母さん、それを言ってくれてありがとう」

 

私「もう大丈夫だよ、これで腰が強くなるよ(目がウルウル)」

 

あぁ、そうか。

 

大人からすれば、誰もが経過すると思っているものでも、子どもにとっては初めてなのだ。

 

自分の変化は、怖いに決まっている。

 

怖さを共感してくれる他者が必要なんだ。

 

心も同じだ。心にも、引かなきゃそこが育たないという風邪がある。

 

なるほど、だから大人たちは、心の風邪を引きたくない。怖いから、変化を拒む。意固地になる。

 

怖さが守られる、関係性があればよいのだろうな。

 

また、息子から、教わったなぁ。

 

いつもありがとうございます。

 

治ったら、また乾杯しよう(中身はお水です)。

野口整体の子育てを現代の文脈で捉え直したい

  • 2019.12.22 Sunday
  • 15:57

 

野口整体やっててよかったと思う、今日は冬至だった。

 

子どもが8ヶ月くらいの頃はまだ前職の仕事をしていて、こどもは風邪ばかりを引いて全然保育園に行けず、藁にもすがる思いで、野口整体の道場に駆け込んだ。

 

それからもう6年か。

 

子どもが風邪を引いたとき、怪我をしたとき、私にできることがあること、経過を観察し、大丈夫と思えること、安心して見守れる

こと、整体やっててよかったと、あの頃の不安や苦悩の日々が走馬灯のように駆け巡りながら、思ったのでした。

 

熱が上がってきて節々が痛んでいる最中、

 

息子「お母さん、僕をあきらめないで!!」

 

私「あきらめないよ!」

 

熱が上がり切り、落ち着いてきて、

 

私「さすがだね」

 

息子「さすがなのは、お母さんだよ」

 

私も少しずつ腕が上がってきている実感もありますが、やっぱり私の野口整体の先生に観てもらうと、「あぁ、さすがだなぁ」とい

つも思います。風邪の経過がすっかり済むという感じだし、それ以上の諸々にはいつも驚く。

 

もちろん、整体でできること、西洋医学でできることがあって、どちらも良いところがあり、本質を見極めながら活用したいものです。

 

子育て中の人たちが野口整体から得られるものはほんとうにいっぱいあるなぁ、と思います。そういう私は、野口整体に出会ってから、きちんと学び始めるまでには、一年かかったな。

 

あまりにも、パラダイム転換が大きすぎて、最初はよくわからなかった。

 

マドモアゼル愛の音叉、528ヘルツチューナーはほんとうに素晴らしい。それを発見された小平整体塾の高橋先生にも感謝。

 

これを風邪のときや打撲したときに使うと、効果てきめん。もちろん、それまでの体育て心育てがあってのことかもしれないけれど、ほんとうに助かってます。

 

息子「お母さん、今日の僕のお世話、たいへんだった?」

 

私「ううん、久しぶりに一緒にゆっくりできたね」

 

私、息子に育てられている。

 

なんて可愛いのだろう

  • 2019.12.05 Thursday
  • 16:01

 

毎晩、子どもが寝ついたこの瞬間(一緒に寝落ちすることもあるけど)、あぁ、なんてかわいいのだろうと、心底思う。

 

妊娠中に散歩していたときに出会った老女に、「寝顔は天使だよ。昼間はうるさいけどね(笑)」と言われたことを思い出す。

 

毎晩のように。

 

概念の力、教養の力

  • 2019.12.03 Tuesday
  • 16:05

 

概念の力、教養の力。

 

大学院にいた頃、主婦となった40〜50代の女性たちが、改めて大学院生になって学びに来ていた。

 

「自分の生活で悩んでいたことに、光が当てられた」と言い、「概念の力」について話を交わした。

 

それは、世界に一筋の光が当てられるようなもの。行き詰まっていた闇に、扉が見つかるようなもの。

 

それを、P.バーガーは、態度変更(オルタネーション)と呼んだ。

 

最近また、概念や教養が人に力を与えることを目の当たりにした。

 

すごい、と思った。変容を目の当たりにするのは、心が震える。人間の力に感動する。

 

日本は学歴社会の弊害なのか、積極的に勉学をバカにする傾向があるのは、残念に思う。

 

学歴がすべてではないし、それがあるから偉いとかでは全くない。学歴を批判するのはそれが欲しいからなのかもしれない。傷ついた

体験があるのかもしれない。

 

しかし、教養(リベラルアーツ)は自由への技術であって、人生を豊かにするために積極的に活用したいと改めて、思う。

 

小此木啓吾『自己愛人間――現代ナルシシズム論』を読む

  • 2019.11.26 Tuesday
  • 10:28

 

小此木啓吾さんの『自己愛人間――現代ナルシシズム論』を読んだ。

 

読了後の感想は、「痛い」の一言に尽きる感じがある。

 

自分自身のことを言われているようで痛いのもあるが、小此木先生が精神科医だからだろうか、社会変動や社会意識の変化という観点が欠如するゆえの、何とも見晴らしの悪い感じがあった。

 

この本は1981年に書かれているので、ちょうどバブルがもうすぐ崩壊するといった頃か。

 

この世代の人たち(1930年生まれ)の、これからの時代を杞憂する気持ちはわかるし、この世代の人たちによる若者バッシング論はたくさん読んできた。

 

しかし、新しく登場してきた人間たちを迎え入れるというか、もう少し大きな視野で考えるというか、次世代を考えるというか、結局のところ、「自分たちは正しくてこの人たちは間違っている」というこの世代特有の認識のゆがみ、それこそ自己愛があって、その壁は超えられていないような気がする。

 

とはいえ、もちろん、書かれている自己愛人間の分析は素晴らしい。

 

たいへん勉強になる。

 

特に、自己愛人間のイリュージョンに関する話は、たいへん興味深くて納得するし、「あぁ、現代ってこんな人間ばかり…」と途方にも暮れる。

 

小此木先生によれば、自己愛パーソナリティとは、

 

(1)自分についての誇大感――自己誇大感をもっている。自分は特別だとか、自分の能力は人よりすぐれていると思っている。心の中に、人並みはずれて素晴らしい理想的な自己像を抱いている。

 

(2)限りない成功、権力を獲得すること、より美しくなることなどの理想の実現を休みなく追い求める。

 

(3)絶えず、周囲からの賞賛や賛美、好意、親切、特別扱いを得ようとする。

 

のが特徴としてあげられている。

 

 

何よりも、自己愛パーソナリティのもっとも重要な特徴としてあげられているのが、以下。

 

主観的な思い込みの中で暮らし、本当の現実とつながらないところで自信をもち安定しているという事実。

 

さらに言うと、自己愛パーソナリティの人びとは、

 

主観的なイリュージョン(錯覚)の中で暮らしているので、現実の経験をすべて自分の自己愛を満たすように都合よく解釈し、そう思い込んでしまう心理状態がある。

 

と言います。

 

 

そう、自己愛パーソナリティの人には、「他者」がいないのです。

 

他者は、「自分の手足」だと思い込んでいるのです。

 

巧みに手足かするケースもあれば、力づくで手足にするケースもあります。

 

 

なぜでしょうか?

 

私が知りたいのはここです。

 

 

自己愛パーソナリティについて、社会学的にも分析を加えるとすれば、「空気を読む、忖度する」といった日本に土着的であった関係性から脱却し、「個を生きながらも他者とつながる」という次の時代への過渡期として、こうした心性が現れていると考えます。

 

ブログだと書ききれないので、そのうち、自己愛パーソナリティの勉強会を企画したいと思います。

 

 

歯科界の進展なのでしょうか、小児科界には老賢者がいるのでしょうか

  • 2019.11.24 Sunday
  • 16:54

 

住んでいる自治体の子どもの就学前健康診断で、内科の先生は背骨の弾力を触診で観察する診察をされていて、ビックリしました。子どもと対面した瞬間に、子どもを観るまなざしは確かだと感じてしまった。野口整体をご存知なのだろうか? 昔の小児医療ではこういうことをされていたのだろうか? もう80代になろうという、この地域で小児医療をなさってきた先生でした。

 

歯科の先生は、最近この地域で開業された私と同年代の先生で、虫歯のある息子の歯を観て、「自然咬合、噛み合わせのかかりつけ医」に行ってる話をしたら、虫歯なしと診断されました(ちなみにこの虫歯は、かかりつけ医からは2歳のときにできた虫歯と言われているやつ。私がまだまだ、産後ケア真っ最中のとき)。もちろん、行政の仕事でもあるせいか、今後、必要があれば治療してください、というコメントはありましたが(たいへん現実的で良いと思いました)。

 

あまりにも衝撃的で、私の世界の見方が偏っていたのか、たまたまこういう素晴らしい方に巡り合わせたのか、よくわかりません。

 

でも、嬉しかったです。

 

めんげんと失敗について考える

  • 2019.10.20 Sunday
  • 19:24

めんげんと失敗について考える。

 

めんげん、好転反応は、良くなっていく過程で一見悪くなったように観えるような状態や症状や出来事があること。

 

関係療法では、エナクトメント、に近いのかもしれない。エナクトメントは、これまでの臨床心理ではカウンセリングの失敗として考えられてきたものだそうだ。

 

野口整体と関係療法をやり始めてから何度もめんげんはあったけと、いま具体的に思い出そうとしたら、ひとつしか思い出せなかった(40度の高熱のあとに、口の中から直径1センチの白い玉が出てきたこと。熱がめんげんで、白い玉は排泄。)。

 

そのときは、「あぁ、めんげんしんどい」と思ったことは覚えているのだけど、めんげんを経過するとすでに立脚する世界観が変わってしまうからなのか、すっかり忘れてしまっている。

 

身体のめんげんは比較的わかりやすいけれど、心のめんげんは関係性も絡むからわかりにくい。

 

関係性の中で痛み(怒り)の感情が出せるようになってケンカが始まる、なんてのは、よくあることだ。

 

それまで抑えていた感情を出せるようになったのは、主体的に生きられるようになるからでもあるけれど、どうしてこんなに感情が収まらないんだと、びっくりする人もいるだろう。

 

それまでどれだけ抑えて生きてきたのか。ケンカになるのが嫌なら、そのまま抑えて生きるのが本人の人生にとってよいのか。それはよくわからない。

 

ただ、主体的生きられるようになると、感情が収められるようになっていくことは確かだ。そこまで至るには、なかなか道が長いこともあるけれど、主体的に生きられると、自分への安心感がもてるようになる。そして、周囲の感情に下手に振り回されなくなる。それはとても楽だ。

 

それから、一見、失敗に観えるものも、めんげん的な要素がある場合がある。

 

日本社会では、「失敗すると落第者で、取り返しがつかない」みたいな風潮があって、みんなこぞって失敗に恐れおののく。

 

学生なんかは、受験や就活の失敗で人生終わったかのようにとらえてしまう人もいる。私も受験に失敗したときは、人生終わったと思ったことがある。

 

しかし、関係療法では、「失敗は成功のもと」という、当たり前のことを応援する。

 

失敗したら、現実的に対処すればよいだけのこと。

 

あなたのせいではない。誰かのせいでもない。

 

ここで、失敗を「あなたの能力が足りない」とか、「◯◯さんが〜〜しなかったからだ」とかやり始めると、恥トラウマを抱えることになったり、精神病水準の悪循環に陥り始めたりする。

 

恥トラウマは、きつい。失敗を恥と結びつけてしまう、日本人の心性はその人ほんらいの生き方を狭める。ずっとひとりで恥と痛みを抱え続けることになる。

 

「事なかれ主義」は、関係性や組織の中での失敗を巧妙に隠蔽しようとする。

 

これが、いわゆるグレートマザー元型とかかわる。自己責任といって、結局、誰も責任とらない、そういう組織や関係性を作る。

 

日本社会の多くの人がここで苦しんでるのに、やはりみんな、失敗をめんげんをおそれる。

 

その気持ちはよくわかる

 

【講座】関係性の基盤「愛着」と「愛着障害」を学ぶ会

  • 2019.10.05 Saturday
  • 15:23

関係性の基盤「愛着」と「愛着障害」を学ぶ会

―― 子ども時代の傷を癒し、等身大の自分を生きて、内外の平和へ

 

●日時● 2019年11月30日(土)13:00〜15:30

●参加費● 2,000円+税(ハーブティー、資料代込)

●場所● ウォルプタスの家(葉山町)

●ナビゲーター● 翁川花伊子(関係療法・家族療法カウンセラー/社会学博士/日本福祉大学など歴任)

●その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

 

「愛着障害」って聞いたことがありますか。

 

『愛着障害』の著者で精神科医である岡田尊司氏によれば、不安障害、パニック障害、うつ、パーソナリティ障害、依存症と診断されている方の中に、愛着障害が絡んでいることが多いといいます。

 

これまでの治療や対処では改善しにくいケースほど、愛着の問題が潜んでいる場合があるそうです。

 

愛着の問題のある子どもや大人が、発達障害と誤診されるケースもあるとか。

 

近年、脳科学の進展とともに、日本でもやっとクローズアップされてきた愛着問題。

 

欧米では、児童精神科医のジョン・ボウルヴィや臨床心理士のデイビット・J・ウォーリンらが取り組んできました。

 

愛着は、幼少期の重要な養育者(主に母)との関係の中で育まれます。

 

戦後日本は、高度経済成長期と近代核家族化の急激な進展の中で、この愛着関係もそれまでとは劇的に変化することになりました。

 

「本音を抑えて人に合わせることに脊髄反射してしまう」

「〈いい人〉でないといけないと思ってしまう」

「相手のNoに強烈に傷つき見捨てられた感じがしてしまう」

「損だとわかりながら意地をはったり怒ったりしてしまう」

「親密な関係や、同じパターンで怒りが出てしまう」

「人と関わることにいつもさざ波のような不安や苦痛がある」

「相手の顔色ばかりが気になってしまう」

「居場所がないと思ってしまう」

など…

 

戦後日本では、「いい子であること」「がまんすること」「忖度(そんたく)すること」が、美徳とされてきました。この教育方針は、心の解離やパーソナリティ障害などをじわじわと引き起こし、生き辛い人生を歩んでいる人たちがいまなおいます。

 

その意味では、私たち日本人は戦争体験の痛みを、社会全体で解離してきたともいえます。

 

私たち日本人が解離してきたもののひとつに「甘えること」があります。実は、まっすぐに甘えられないことこそが、共依存関係への落とし穴です。

 

精神科医・土井健郎は「甘え」の重要性を『甘えの構造』の中で説いたのですが、戦後教育ではむしろ「甘えてはいけない」「何でもひとりでやれ」と誤読されてきた歴史があります。

 

ちなみに「甘え」は、心に砂糖ばかりを与え続けて子どもが自分を生きることや自立を阻む負のグレートマザーとは似て非なるものです。

 

この違いをカテゴリーエラーしていることで、今日、さまざまな病理が現代の日本社会のシステムや家族や関係性の中で立ち現われています。これは、いじめ・DV・虐待・ハラスメント・ストーカーといった暴力の問題にも深く関係しています。

 

安定した愛着は、人間が等身大の自分らしい納得のいく人生を歩んでいくうえで、また、他者との絆ある関係を築いていくうえでも、とても大切なものです。

 

この勉強会では、愛着と愛着障害について全体的に知るとともに、安定した愛着を築いていくためのアプローチについてお伝えし、安定した愛着を再構築する関係療法のエッセンスについてもご紹介します。

 

また、幼少期の愛着関係のつくり方について具体的な方法をまとめた野口整体による実践法についても少しだけご紹介します。

 

安定した愛着は、大人になってからでも、いつでもつくり直しやり直すことができます。

 

もしいま、あなたがあなたの人生において、または、親密な関係の中で葛藤を抱えているなら、それは特別な絆をつくるチャンスかもしれません。

 

専門的な知識を、噛み砕いてわかりやすくお伝えいたします。ご自身のことに取り組みたい方、子育て中の方、初心者の方、専門家の方もぜひお役立てください。

 

ご参加をお待ちしています!

「祈り」にかえて――上野千鶴子『生き延びるための思想』(1)

  • 2019.09.10 Tuesday
  • 07:04

 

13歳の頃、父に背いて教会を離れた。

 

……それ以来、わたしは「祈る」ことをやめた。

 

多くの者が、祈りながら無惨に殺されていった。祈っても、祈らなくても、受難はひとしなみに訪れた。

 

私がフェミニズムを選んだのは、祈らずにすむためである。

 

ユートピア(どこにもない場所)を夢みなくても生きていけるように。

 

理不尽な暴力や、不当な差別や、ことばにならない無念さを前にして、

 

「共に祈りましょう」と、

 

言えたらどんなにいいだろうか、といく度思ったことだろう。

 

だが、わたしはそのコトバを自分に対して禁句にした。

 

フェミニズムはこの世の思想。

 

この世を生き延びるための女の思想。

 

「祈りましょう」と無力に唱える代わりに、

 

いま・ここで生き抜くための方途を、

 

ともに探ろう、としてきた。

 

……「神様、わたしにお与え下さい  

   変えられないものを受け入れる落ち着きを

   変えられるものを変える勇気を

   そして、その二つを見分ける賢さを」

 

そう、わたしたちに必要なのは、たぶん、祈りと知恵の両方だ。

 

だが、あまり早く「祈り」へ跳躍してしまわないように。

 

そのまえに、やれること、やるべきことはまだまだあるのだろうから。

 

(上野千鶴子「「祈り」にかえて」『生き延びるための思想』pp305-308)

 

見田宗介『現代社会はどこに向かうか』を〈心〉との関係から読む(2)

  • 2019.08.18 Sunday
  • 14:55

 

「合理と非合理を自在に往還する精神=〈メタ合理性〉の水準こそが、近代合理主義の後の時代の、精神の骨格を形成するものと考えることができる」(41頁)

 

と、見田さんは書いたうえで、NHK放送文化研究所の「日本人の意識調査」のデータを分析しながら、「再魔術化」について触れている。

 

それは、「信じているもの」について聞いた質問項目への回答の、1973年時点と2013年時点での変化から記述される。

 

2013年では「あの世、来世(21%)」「奇跡(26%)」「お守りやお札などの力(26%)」「易や占い(11%)」を信じると答えた割合が、73年に比べて10〜15%以上増加しているのである。


見田さんは、「この意識の変化が、〈メタ合理性〉であるわけではないが」と論じたうえで、「手さぐりの試行錯誤の触手たち」だと述べている。

 

見田さんが論じる〈メタ合理性〉について、私はまったく同感するし、それが次の時代の精神の骨格であるという直観についても、とても共感している。

 

しかし、意識調査に現れているそれらは、〈メタ合理性〉への触手だとはやはり考えにくいと思っている。

 

意識調査の結果はむしろ、《混沌とする社会現状への思考停止状態》であって、精神分析の用語でいえば《解離》であって、未成熟な人間の「どうにかなるさ」という地道さのなさ、に思うからである。

 

1980年代から始まった自己啓発セミナーは今日ではいわゆる「スピ系」といわれるようなジャンルとなって存続し、バリエーションも増えてきている。

 

おそらく、見田さんがこれらのカルチャーに接触する頻度の少なさからくる、記述の限界であるように思う。

 

また、未来への種まきとしての、こうしたカルチャーに属する人たちへのメッセージなのかもしれない。真実は、聞いてみないとわからないが。

 

 

「混沌としすぎていてよくわからない、考えれば考えるほど不安になるから、考えるのをやめよう。どうにかなる」と、見たくないものを切り離してしまうのは、あきらかに《解離》だ。

 

手間ひまを惜しみ、ことなかれ主義を生きようとする心性だ。

 

なぜこのような心性が生まれたのか。

 

それは、近代合理化によって可能となった未来予測と、未来への計画が立てられるようになったがために生じる《不安》が、そうしたのである。

 

《不安》を感じられるのは、人間の意識の進化でもある。

 

しかし、《不安》の取り扱い方がわかっていないのが現代社会だ。

 

結局、将来のためにと保険をかけるしかなく、それは《いま》を生きることを忘れさせる。

 

これからの私たちに求められるのは、こうした《不安》を抱えるだけの心の器を創ることである。

 

それができて初めて、〈メタ合理性〉という精神骨格が創られると考える。

 

《不安》を抱えられるだけの心の器ができて初めて、他者を交歓できる、他者に共感できるのだ。

 

そこに、躁転はない。解離はない。防衛はない。そうしてやっと、平和につながる。

 

 

柳田国男「あれはあれ、それはそれ、ふたつを生き分けて何の屈託もなく…」

 

見田宗介「シーザーのことはシーザーに、魂のことは魂に」

 

となるには、これもまた安定した関係性の中で現代の通過儀礼である《抑うつポジション》を経過させられるだけの、《心の器》を拡げていくことしか道はない。

 

見田宗介『現代社会はどこに向かうか』を〈心〉との関係から読む

  • 2019.08.18 Sunday
  • 10:33

 

大好きな見田宗介さんの本を久しぶりに読んだ。

 

2018年に出版された『現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』(岩波新書)である。

 

実直な統計データに基づきながらも、ダイナミックな論を展開するその力強さには、いつも感嘆する。

 

ただ、私が社会学からさらに深層心理学や精神分析などを学んだせいだろうか、やや物足りなさを感じたのも事実である。

 

見田さんの直観の鋭さはほんとうに素晴らしいが、その直観を説明するには社会学だけでは足りない、と言った方が正確だろう。

 

それは、例えば、108頁などに端的に書かれている。

 

2008年の秋葉原の事件や、2011年の東日本大震災、それよりも前から社会問題化してきたリストカットする若者たちに言及し、次のように書いている。

 

「リストカットの少女たち、無差別殺人の青年たちが求めているものもあの被災地に駆けつけた若者たちが求めているものと、同じものであるのではないかと思う。少女たち、青年たちが、自分を傷つけたり人を殺すのとはべつの仕方で、生きるリアリティを取り戻す仕方を見出した時に、歴史はまた一つ新しいページを開くのだと思う」(108頁)。

 

ここで、見田さんは若者たちが「生きるリアリティ」に渇望しているという現状があり、そのリアリティを渇望するエネルギーが自分自身や他者を傷つけることに向かう場合と、他者を援助しようとする方向に向かう場合があることについて書いている。

 

私も、このエネルギーは援助と自害/他害という、一見、真反対の方向に向かう力があると思う。

 

エネルギーが援助の方向に向かえば、社会的には「いいことしている」という評価がされるため、その奥底にある心の渇きはなかなか見えてこない。

 

福祉系の職を目指す若者たちを教えていたとき、彼ら/彼女らの多くが、自分自身が何らかの被害者であることを知った。

 

長く勤める先生に聞いたら、「ほとんどそうです」と困ったような変な顔をしながら言っていた。

 

一方で、エネルギーが自害/他害に向かうと、社会的には「問題」とされる。心の奥底の渇きが癒されることなく、彼ら/彼女らはますます自分自身を責めていく。

 

 

「生きるリアリティをどうしたら取り戻せるのか?」

 

という見田さんの問いは、彼ら/彼女らの心の渇きについて知る必要がある。残念ながら、この、心の渇きについては、社会学ではアプローチしきれない。個人心理学でも難しい。

 

なぜなら、この心の渇きは「自己活性化」の不全に基づくものであるからだ。

 

自己活性化とは、たったひとつの自分の個性を生きていくこと、である。誰に押し付けられるのでもなく、誰かの模倣でもなく、世間の評価などは気にならない生き方。

 

そこには、真の自由がある。

 

「自由」を求めた60年代〜70年代の若者たちの叫びも、自己活性化とかかわるとみている。

 

それは、社会学者・小熊英二氏が『1968』で明らかにしたように、学生運動に参加した人たちにリストカットや摂食障害がみられたこと、アイデンティティの渇望だったことからうかがいしることができる。

 

この自己活性化は、日本社会では「出る杭は打たれる」「空気を読む」という社会環境・人間関係がほとんどであるため、多くの人が「不全」で終わってきた。「不全」で終わると、その後、様々な症状となった心や体に現れる。

 

自己活性化が再び促進されるには、安定的な関係性における心の育みが必要だ。

 

これには一種の「治療」というべき心理療法が必要であり、「病気」として「診断」されないがために取り組みが困難になっている、現代の社会病理なのである。

 

マジョリティが病理であれば、それは病理として社会に認識されないことは、E.デュルケムが論じた通りである。

 

今日のマジョリティの病理は、パーソナリティ障害がテーマとなっているが、そのことについて論じるのは次の投稿にする。

 

合気道の師匠のこと

  • 2019.06.14 Friday
  • 12:55

 

ふと、丸山修道先生のことを想い出した。

 

私の合気道の師匠で、私はこの人のあり方を「すごい」と思っていたし、いまもそう思う。

 

 

先日、眼鏡のとよふくさんに行って、「スポーツを何かやっていましたか?」と聞かれて、合気道の話になった。

 

とよふくさんが大切になさっているハガキ道の坂田道信さんが心身統一合気道の藤平光一さんをたいへん評価されていたようで、私の合気道の師匠の丸山先生も藤平先生と認識を同じにして合気道をなさっていた、という話になったのだった。

 

 

丸山先生は、あまりご自分のことを語られなかった。

 

「私はあまり自分のことを話さないんだ。でも、あなたには話そう」

 

と、私に、ぽつぽつと昔の話をしてくれた。

 

 

戦後しばらくして、アメリカで合気道を拡げるよう命じられて行かれたらしいが、そこで目の当たりにしたのは、アメリカ人の体格の大きさと強さだったという。

 

「ふつうにアメリカ人とやりあったら、顔面の鼻を折られた」と言っていた。

 

「アメリカ人に通用する合気道にしなければ」と相当探究されたらしい。

 

「お金がなかったからカップラーメンばかり食べて、身体が黄色くなった」とも言っていた。

 

 

「翁川さん、私はね、あなたがなぜかここに来たから、本を書こうと思うんだ」

 

と言って、稽古の前に毎回、手書きで書かれた何枚もの原稿を私に読んで聞かせてくれた。

 

「だいたいね、みんな〈気〉というものをほんとうはわかっていないんだ。これがなかなか伝わらない」

 

と言いながら読んでくださった原稿の内容は、私には確かに腑に落ちるものだった。

 

 

私は丸山先生に投げられるのが好きだった(マゾではないけど)。

 

丸山先生に投げられて、宙を舞うときのあの感覚は、なんとも言えず気持ちよく、しかも、受け身がちっとも痛くなく楽にできるのだった。

 

 

丸山先生のところにいたときは、私は大学院生だったので、心身が不調なことが多かったが、先生はいつもかわらず微笑を浮かべてそこにいた。

 

私が名古屋を去るときにも、かわらずそこにいてくれた。

 

 

それから数年して、私は野口整体に出会った。

 

これもまた、〈気〉の世界だった。(野口晴哉先生は植芝盛平先生にスカウトされている。)

 

 

魔術的でもなく、カルトでもなく、躁転することもなく、防衛でもなく、〈気〉の話を書ける日が来ることを願っている。

 

 

 

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