親の無関心こそ虐待

  • 2020.08.18 Tuesday
  • 15:05

 

児童相談所への相談件数が増加している。

 

2019年には16万件を超えて、過去最多となった。

 

このうち、心理的虐待が55%を占めている。他、身体的虐待25%、ネグレクト18%、性的虐待1%となっている。

 

心理的医虐待とは、「心理的虐待は、大声や脅しなどで恐怖に陥れる、無視や拒否的な態度をとる、著しくきょうだい間差別をする、自尊心を傷つける言葉を繰り返し使って傷つける、子どもがドメスティック・バイオレンスを目撃する、などを指します。子どもの心を死なせてしまうような虐待」(子ども虐待防止 オレンジリボン運動より引用)と定義されています。

 

私はここにさらに、「親の子どもに対する無関心」も加えたいと思っています。

 

親の自己愛で、子どもに習い事をさせる、学校でよい成績がとれると褒める、まるで親のお人形かペットのように扱われる、「いい子」であることを強要する……など、ごくふつうの親子関係のありようの中に、「子どもの心を死なせてしまう」ことが潜んでいるのです。

 

そして、そのことをみなさん知らなすぎる。

 

パーソナリティ障害水準の方とお話していると、みなさんたいてい共通してくる点が、上記です。

 

親にとって都合がよいことだけに猫かわいがりし、親にとって都合が悪いことはレスポンスすらもらえない…。

 

これでは、子どもの自我・自己が生きていけません。

 

親にとって都合がいい子が、どんな大人になるのか、想像できますか?知ってますか?

 

いま、50代以下の日本人は、「いい子」であることが望まれてきた世代です。

 

その人たちが担い手となっているいまは、どんな世の中ですか?

 

あなたのまわりにいる50代以下の人で、「成熟した大人」だと思う人はいますか?

 

それとも、自分勝手で、つきあいにくい人たちですか?

 

一見「いい人」だけれど、陰で人の悪口ばかり言っている人たちですか?

 

モノ化された子育て

  • 2020.08.15 Saturday
  • 15:26

 

衝撃的なタイトルにしてしまいました。

 

「モノ化された子育て」。

 

消費社会化の成れの果てでしょうか…。

 

 

子どもというのは、いのちそのものなのですが、多くの親たちは「勝手に」産むんです。

 

親が勝手に産んでいて、「親に感謝しなさい!」って言われる親御さんを見るたびに、おかしなことをいう方だと思います。

 

どんな親も、どこか足りなくて、できそこないだということを、親自身が自覚する必要があるように思います。

 

 

完璧な親なんていないのに、「完璧であらねばならない」という妄想に憑りつかれている方ほど、子どもを自分の手足のように「モノ」化しているように思います。

 

 

「子どもは〇人欲しい」という気持ちも痛いほどよくわかるけれど、それはどういうことなのかを立ち止まって考える必要もあるように思います。

 

世間から認められるため? みんなそうしているから? 自分のきょうだいが〇人だったから? 

 

 

ちなみに、戦後近代核家族は、夫・妻・子ども2人からなる家族が定番でした。

 

しかも、この2人の子どもはたいてい歳の差はあまりなく、2〜3歳くらいの差であったのが特徴です。

 

「まとめて育てれば楽!」とよく言われましたが、子どもにとっては人生の土台作りの大切な時期であり、親にとっては一番手のかかる時期なわけです。

 

「まとめて育てれば楽!」って、ほんとうにそうなのでしょうか…。誰が楽なのでしょうか? 私には、企業や世間にとって楽としか思えません。

 

 

戦前は、多産でしたが、きょうだいの年齢は6〜7歳と離れていました。

 

だから、きょうだいがきょうだいの面倒をみることが可能でもあったわけです。

 

 

「7歳までは神の裡」「三つ子の魂百まで」という、いのちへの敬虔さを記した言葉があります。

 

子どもを丈夫に育むための期間と、女性の自己実現との両立がどうしたら可能なのか。

 

 

そのためには、働き方を変えること、生き方を変えることが必要なように思います。

 

いや、もっと正確に言えば、「変える」のではなく「世間に合わせる必要はない」ということでしょう。

 

「変える」というよりも、「本来の自分に戻って、自己活性化」ということなのだと思います。

 

 

「モノ」のように扱われている子どもたち、親や大人はまったくそのつもりはないし、わかっていないのだけれど。

 

毎日、そういう子どもからのSOSが私のところに送られており、この問題の大きさを感じています。

 

【プレゼント】8月22日(土)ハーブとアロマで夏の疲れを癒すケアオイルづくり

  • 2020.08.01 Saturday
  • 16:06

 

セントジョーンズワートとアロマを使って肩こりや日焼けした肌のケア、心の免疫力アップにつながるブレンドオイルをつくります。

 

セントジョーンズワートは夏至に花を咲かせるハーブで心を整えるハーブとして重宝されています。

 

今回のオイルづくりには夏至に摘んだセントジョーンズワートでつくったベースオイルを使います。

 

夜、眠れないときなどにも、セントジョーンズワートが手助けしてくれます。

 

良質なハーブに、アロマをブレンドしたオリジナルオイルづくりをします。

 

今年は、セントジョーンズワートが豊作だったので、そのお祝いのプレゼント企画です。

 

ご参加、お待ちしています!

 

日時8月22日(土)10:30〜12:00 & 13:00〜15:00

 ※新型コロナウィルス拡大防止のため、同時にご参加いただける人数を限らせていただき、開催いたします。

ご予約 こちらのご予約フォーム https://tsukitotaiyou.net/contact

または、yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

場所● ウォルプタスの家(葉山町) 

料金 1,500円(税込・オイル代&15ccビン代込)

その他 子連れOK

 

離婚と死別について――佐々木正美『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』より抜粋

  • 2020.07.31 Friday
  • 11:03

 

離婚をして子育てをしているような場合には、自分の人生の失敗に子どもを巻き込んで悪いことをしてしまったと、こころのどこかで負い目を感じているお父さんやお母さんもなかにはいると思います。

 

子どものためにと離婚を我慢することは、親も子どもも負担になります。

 

よい人間関係というのは、「必ず相手に与えられ、かつ与えられているものがあり、双方で等しい価値を実感し合っている関係だ」というものです。この言葉は夫と妻の間にもいえることで、こうした関係が成立しないのなら、残念ですが別れて暮らした方が子どもにとって幸せな場合が多いでしょう。

 

離婚というのは罪を犯したわけではなく、人生においてひとつの挫折をしただけのこと。しかも、離婚はその人自身がよりよい人生を歩むために真剣に悩み、最終的に下した決断です。しばらくの間はこころが苦しかったり、落ち込んだりすることがあったとしても、子どもに対して負い目を感じる必要はありません。

 

むしろ、これからの人生を前向きに捉え、子どもといっしょに楽しく生きていく努力をしてほしいと思います。

 

死別してひとりで子どもを育てている場合も同様です。これからの人生を子どものためにも力強く生きていってほしいと願います。

 

子どもは親や周囲のおとなたちの生きる姿から生きる術を学び、生きる力を身につけていくからです。

 

その観点から、いま私が危惧しているのは、ひとりか、あるいは両親がそろって子育てしているかということより、親自身の生き方が孤立していて、生きることに下手になっている点です。

 

佐々木正美『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』より

 

ーーーーー

 

夫婦関係は投影関係でもあるので、離婚の場合、自分はこの関係を「やりきった」という離婚は、お互いにとってよい結果を出していくように思います。

 

ひとことに離婚といっても、場合によっては法的手続きが完了するまでに数年かかることもありますし、心的離婚が完了するまでにはもっとかかることもありますので、適切なサポートを得ながら、自分自身でそれを「決断した」という心の状態になられることが、大切に思います。

 

死別の場合、適切なサポートを得ながら、また、家族間で、喪失の痛みを丁寧に分かち合うことが、とても大切に思います。

 

佐々木正美(児童精神科医)の子育てへのまなざし

  • 2020.07.30 Thursday
  • 13:45

 

佐々木正美さんにやっと出会えた。

 

すでに他界されており、本を通して出会った。

 

「愛着」は、私の相談室でもとても大事にしているが、「愛着」についてここまでまっすぐ書いてくれていた精神科医に初めて出会った。

 

読んでいたら、佐々木先生に共感してもらえた気がして泣いてしまった。

 

なぜなら、子育てをしている中で、私の子どもとのやりとりにあまりにも手間ひまかけているからなのか、子どもが小さかった頃には「放っておいたらいい」とか「反応しなければいい」と言われることがよくあったからだ。

 

そのように言われる方には、共通点があって、子どもが3人以上いて、看護師や先生などで働いておられた方々だった。まぁ、これ以外にも、よく言われたが。

 

しかし、佐々木先生は、私が信念をもってきたことを下支えしてくださるようなエビデンスであったりお考えであったりを、本の中で何度も何度も書かれていて、心の底から嬉しかった。

 

「過保護に育てれば自立する」

 

という、一見、現代の子育て論とは相対立するようなお考えを佐々木先生はもたれているが、これは心理学者・河合隼雄も同じことを述べていて、私もその通りだと思っている。ちなみに、野口整体の子育ても、基本的にこれに沿うものだと思っている(いまや、そういう考えで野口整体をやっているのは少数かもしれないが)。

 

しかし、「過保護」と「過干渉」との違いであったり、佐々木先生や河合先生のおっしゃる「過保護」は、厳密には「愛着」のことであるのには注意が必要だ。

 

現代では、「愛着」が希薄な親子関係が多いのである。

 

にもかかわらず、先回りして心配したり、何でも与えたりすることで、子どもとの関係を維持しているケースが多いのである。

 

例えば、子どもが「ゲームがほしい」と言ったとしよう。

 

たいていの親は、「ゲーム依存になるのでは」などと心配する。

 

しかし、「愛着」関係がしっかりと築かれているならば、そうはならないのである。

 

ゲームなどのモノで自己愛を満たす必要がないから、子どもは単純に、楽しむだけなのである。

 

親子に「愛着」がないほど、子どもがほしいというゲーム機を買うことはない。ここでも子どもの心は、親にキャッチしてもらうこともなく、ますます難しいことになってしまう場合がある。

 

こんなことを書くと、親を責めていると思われる方もいるかもしれない。

 

そうではなくて、「愛着」を育むことはとても簡単なことであって、まずはこれさえあれば子どもは大丈夫だと言いたいのだ。

 

けれども、現代社会では、「愛着」よりも、+アルファの何か(例えば、子育てイベントなど)をやることに親たちは試行錯誤している。

 

「愛着」は、やりとりの積み重ね。

 

ほんとうに、まずはこれが大事。

 

そして、敗戦後、親子の愛着よりも物質的豊かさの中で育てられた子どもたちが、いま大人になってどんな社会問題が起こっているのか。DVやストーカーやハラスメントと関係するのか。

 

そういう、巨視的な視点から、私は子育てを考えている。

 

三つ子の魂百まで。

 

これは、第二派フェミニズムが批判してきたように、女性を子育てに縛り付けるものではないのだ。

 

この点については、話が入り組んでいるのでまた書きます。

 

「結婚」の心的次元における意味

  • 2020.07.22 Wednesday
  • 16:16

 

「結婚」は、「そのパートナーとともに自分の人生を棒に振ることだ」と言った人がいます。

 

「おおぉ、まさしく、その通り」と思いました。

 

こういう抑うつポジションから、結婚した場合には、やってくる様々な困難も乗り越えていくことができるのでしょう。

 

深層心理学的に言うと、結婚相手には「自分自身の何かを投影」しているわけです(結婚相手でなくても人間は誰かに投影をしょっちゅうしていますが)。

 

つまり、自分自身の心の全体性に向かってその相手と共に取り組んでいくのが心理的次元での結婚なわけで、ケンカのない夫婦がいるわけがありません。

 

むしろ、ケンカがないのはヤバいかもしれません(そうではないケースもあるかもしれませんが、プチケンカはあった方が健康と言えます。また、極端なケンカ、激突&離れるのが激しいのは、不健康と言えます)。

 

ユング派のグッゲン・ビュール・クレイグによれば、結婚はお互いの「魂の救済」であって、そのために「鎖でお互いをつなぐ」のであって、「もはやこの意味での結婚は少数にしかできないほどの天職となっている」そうです。

 

とはいえ、たいてい現実的には結婚は「勢い・間違え・寝違え」と言われるわけで、結婚してみたら「何でこんな相手と…」となりがちです。

 

子どもの健康からみれば、離婚した方がよいケースもあります。また、個人の人生全体の健康からみれば、離婚してはいけないわけではありませんし、結婚しないといけないわけでもありません。

 

にもかかわらず、「結婚」にはいろいろなイメージがつきまとい、それに振り回されてしまうことも多いようです。マスメディアや世間や伝統的価値観がそうさせる面ももちろんあるでしょう。

 

結婚するにも、離婚するにも、野口整体的には「やりきる」ことが大切です。

 

また、心理的に大切なのは、「自分がそれを、相手を、主体的に選ぶ」ということです。

 

 

第二派フェミニストに言わせれば、「結婚は特定の相手としかセックスしてはいけない制度だ」というのはその通りで、現代日本の制度的には結婚はそういうものなわけです。

 

近年は、日本でもパートナーシップ制度を独自に設けている自治体も出始めていて、そうしたところにも新しいパートナーシップのあり方への多様性の始まりを期待したいところです。

 

結婚は、多角的な方面から考える必要があるで、一概に「こうです」とは言いにくいのですが。ここに書きながらも、あれも書かなきゃ、これも書かなきゃで、すぐには書ききれません。

 

大事なことだけ書くと、結婚するとは、要するに「運命共同体」になるわけで、そこには何か長期的に共有する「目的」があるとよいように思います。

 

「運命共同体」が目的を共に生きていくには、その前に、個人の意志があるとさらによくって、そんな結婚ができたら人生は充実するのかもしれません。

 

「結婚って何ですか」という若い学生からのご質問があって、なかなか難問なわけですが、心的次元での意味を簡単にまとめてみました。

 

要約としては、結婚は「幸福ドリーム」ではないということです。

「自分は特別」だと思いたい心性と「それにあやかりたい」心性について

  • 2020.07.08 Wednesday
  • 17:25

 

「自分は凡人であること」を、心から深く味わうと、扉が開かれていくように思います。

 

 

自分が窮地に立ったときに救ってくれた人のことを、「カリスマ化」したい心性が人間にはどこかあるように思います。

 

このカリスマの言うとおりにしていれば、「きっといいことが起こる」「幸せになれる」と、信じているのかもしれません。

 

一度、自分が窮地に立ったときに救われたので、それがずーーーーーっと続くと、思っているのかもしれません。

 

 

しかし、ここには、結局のところ、

 

「自分で自分のことをやる」「自分で考える」

 

という、とても大切なものがすっかり抜け落ちてしまっています。

 

それは、M.ウェーバーが言ったように、つまるところ、カリスマ支配になりかねません。

 

 

自分はからっぽ。

 

いつまでたってもからっぽ。

 

カリスマを自分の着物のように着て、同時に、カリスマもその人を着物のように着る。

 

これは、一種の共依存ともいえるでしょう。

 

 

個人の生活にある「現実」に、いつまでたっても取り組めない。

 

だから、いつも心のどこかに、虚しさがある。

 

その虚しさをかき消すように、カリスマをカリスマ化するために、自らカリスマの手足になる。

 

これほどの不自由な生き方はないように思います。

 

 

自分は凡人であること。

 

そのことを深く知ると、真の意味で、個の能力が開花してくるように思います。

 

「自分は特別」と思いたい心性について

  • 2020.07.06 Monday
  • 12:28

 

最近、もう老年期に入ろうという大人たちのなかに、「自分は特別だ」と思われている方(思っているけど、絶対に口に出しては言わないのがポイント)がとても多いように思います。

 

「特別」なので、みなが自分に気を遣うのは当然。

 

「特別」なので、(自分は何もやらなくても)願いが叶う。

 

「特別」なので、いいことしか起こらない(自分にとって都合の悪いことは解離して責任を逃れる)。

 

「特別」なので、自分の周りにいる人を手足のように使っていい(だって、みんな自分のことを特別だと思っているから)。

 

「特別」なので、自分が理解されないのは周りがおかしい。

 

など…。

 

 

病態水準的にはいろいろな水準が混在しています。パワハラなどのハラスメントにも、これらが根底にあります。

 

これらに共通するのは、「自己愛の傷つき」です。

 

「傷」が肥大化して、癌細胞になっているイメージだというとわかりやすいかもしれません。

 

そう、心の「傷」も癌に似ている面があるように思います。

 

「傷」を放っておくと、自分が生き延びるためにどんどん増殖する部分があるのですが、残念ながらそれは不健康な部分なのです。

 

肥大化した自己愛がある場合、どこかいつも満たされなくて、空虚さを感じたり、居場所のなさを感じたりすることがあります。そして、病理が重ければ重いほど自覚がないため、他者に投影し巻き込むことがあります。

 

 

どうしてもういい大人なのに、こんなに自己愛に傷がある人が多いのだろうか。

 

 

この観点から、子育てや教育について、しっかりと考える必要があるように思います。

 

子育ての結果、教育の結果がでるのは、20年後、30年後です。

 

 

小さい子どもは、「ほらみて!ほらみて!」と、自分が関心をもったことやできたことに対して、一緒に分かち合ってくれる存在をとても必要とします。

 

まだ、自我が形成されていない小さな子どもにとっては、いわば、「自分なるもの」を外側から包み込むようなものや、映し返してくれる存在が必要です。

 

大人からすれば、「?」なことも多い「ほらみて!」なので、つい、スルーしたり、それよりももっといいものがあるという大人の勝手な観点からあれを与えたりこれを与えたりして、それに関心をもつように仕向けたりします。

 

「ダンゴムシなんかよりも、テーマパークで動物と触れ合う方がよいだろう」というのは、大人の価値観であって、いまはまだ「ダンゴムシ」ならそれでいいわけです。

 

テーマパークはそのうち関心をもつかもしれないし、もたないかもしれない。

 

何より、「テーマパークがいいだろう」と思っている親自身が関心があることに気づかなければならないでしょう。

 

 

健康な自己愛を、なるべく小さな頃に、しっかりと満たしてあげる。

 

この時期の「僕、できる」の「勘違い」は、世界を切り開いていくときの原動力となるものなのです。

 

 

大人になってから自己愛の傷つきを癒すのには、相当な覚悟が必要だと思います。

 

ただし、長期的に取り組めば、必ず、健康になります。

 

先回りしないこと

  • 2020.06.29 Monday
  • 16:40

 

人間関係を良好に保つコツのひとつは、「先回りしないこと」にあるように思います。

 

 

特に、子育てにおいてはとても大事なことです。

 

 

先回りする親に限って、子どもを自立させようと早くからひとりで何でもやらせようとしたり、習い事をさせたりする傾向があるようです。

 

つまり、過干渉です。

 

 

しかし、自立への近道は、子どもが「これしたい」と言ったときに、それがたとえ大人からみれば理にかなわない要求であっても、「はいよ」と応答することにあるように思います(もちろん、命の危険にかかわることは除きます)。

 

子どもは子どもなりの秩序で考えがあって、「自分はこうしたい」といっている。

 

これが自立心なのです。

 

 

しかし、この自立心を削ぎ落としている大人がとても多いように思います。

 

まだ大人社会のルールがわからない子どもに、大人の価値観や論理が通用するわけないでしょう。

 

まずは、子どもの秩序に大人が目線を合わせることが必要です。

 

 

そういう積み重ねをしていくうちに、子どもは自分のタイミングで自立していきます。

 

そのタイミングが来たときには、親がしっかりと手を離せるように、それまでの間に心の絆を育んでおくことが大切でしょう。

 

 

話を「先回りしないこと」に戻すと、大人同士の関係性でも先回りのやり合いがだんだん窮屈になり不自由になっていくことは誰でも一度は経験したことがあるでしょう。

 

「相手はこう思っているかもしれない」かどうかは、相手に聞いてみないとわからないのです。

 

わからないことは、先回りしないこと、忖度しないこと。

 

こういう風通しのよい関係性は、とても居心地がよいものです。

 

 

 

「私、これでいい」と「私、これがいい」

  • 2020.06.28 Sunday
  • 16:31

 

「私、これでいい」という心性には、大きく分けて二種類ある。

 

 

(1)(ほんとうはこれは嫌だけど、自己中心的に思われると困るから、私いい人だし)から出てくる「私、これでいい」。

 

ここには、不満や他者への期待が込められているので、「私、これでいい」の中にある「私、こう思われたい」に対して適切な反応をしてくれないと、怒りや悪口が出てくる。

 

これは、ちょっと不健康な心性です。

 

こういう場合には、まずは「私、これがいい」を積み重ねる必要があります。

 

 

(2)「私、これがいい」を積み重ねた先にある、「私、これでいい」は健康です。

 

そこには、「一番でなきゃ嫌」とか、「人からこう見られたい」とか、「完璧なもの」への万能感もなく、人生のわびさびが含まれた等身大なもの。

 

ここには、満足があります。納得感があります。充実感があります。

 

 

+++++

 

 

後者の「私、これでいい」に至るには、その前に、健康な自我でなければなりません。

 

小さな子どもが、「私、これがいい」と言ったら、「はいよ」と応えてくれる大人がいる。

 

そういう、安定した安全な関係性で、「私、これがいい」を応援されること。

 

これがないと、不満だらけの「私、これでいい」となってしまい、そのまま大人になっていった場合、親密な関係性の中でまるで子どものわがまま合戦のような依存関係に陥ることがあります。

 

「私、これでいい」が「謙虚さ」と勘違いされてきたため、実は、不満だらけの大人もたくさんいるようです。

 

そういう場合、まずは「私、不満があるんだ」と気づくこと。

 

そこからです。

 

子どもの贈り物

  • 2020.06.24 Wednesday
  • 16:47

 

子育て中は、毎日毎日が忙しい。

 

いまの世の中、親が世間に学校に会社にと「体裁」を整えることに夢中になってしまうことがある。

 

子育てのことについて、周りの人から「世間では〇〇」と言われ、自分や自分の子どもと比較し、不安になったり心配になったりする。

 

親が世間のことで頭がいっぱいな中でも、子どもはいつも親に贈り物をくれている。

 

ふっと、子どもに心を向けると、子どもはいつでも親に心を向けている。

 

子どもからの贈り物を、受けとるだけでいいのに。

 

それで子どもは、自信をつけ、自分の価値をもち、自己肯定感をもっていくのに。

 

ーーーーー

 

子どもが、学校の図工で作ってきた折り紙の作品を、持って帰ってきた。

 

先生も、「お母さんにあげたい」という子どもの心を受けとって、子どもに持ち帰らせた。

 

親と子とそれを取り囲む人たちとの、心あるやりとりの積み重ねができることは嬉しくたのもしい。

 

「できない」ということの大切さ

  • 2020.06.22 Monday
  • 12:09

 

私たちは小さな頃から、何かが「できる」ようになると周りの大人たちから褒められてきました。

 

大人になってからも、何かが「できる」とそれは成果とされ、評価されてきました。

 

そのためなのか、対人関係においても相手の言うこと(要求)を「できないといけない」と考える人が多いように感じます。

 

「Yes」しか言っちゃいけない、感じ。

 

昔、『「No」と言えない日本人』という本が話題になったことを想い出します。

 

しかし、特に、親密な人間関係においては「できない」ということが、心の境界線を引くうえでとても大切になってきます。

 

どうも、年下の相手や子どもに対しては、大人たちは残酷なまでに平気で「ダメ!」とか「いけない」とかいっているのに、年上やパートナーに対しては同じように言えないのです。

 

よく考えてみると、おかしな話です。

 

「私はそれはできない」ということは、自分の個性のありかを示すものでもあります。

 

自分の主体性を育むものでもあります。

 

「できない」ことは、劣等生や能力の低さを示すものではないのです。

 

「できない」ことがあっても、人間はしっかりと関係を結んでいくことができるのです。

 

【講座】6月27日(土)8050問題の深層と子育て

  • 2020.06.20 Saturday
  • 12:01

 

『8050問題の深層――「限界家族」をどう救うか』の著者、川北稔氏は、「限界まで悩みを抱える家族の問題は、一過性のニュースでもなければ、特殊なケースでもなく、ごくありふれた家族の悩みに通じる」と述べています。

経済成長期の終焉、就労形態の変化、高齢化、ライフスタイルの変化などは、今日の家族や子育て、生き方に様々な課題を投げかけています。

今日、多方面から注目されている家族問題、8050問題の深層を知ると、見えてくることがあります。

家族の発達について、子どもの自立と親の自立について、親子関係のこじれについて、現実的かつ心的に考えます。

 

場所● ウォルプタスの家(葉山町)
料金 2,000円+税(資料代、お茶代込)

日時6月27日(土)13:00〜15:00

 ※別の日程で、個別に受講することが可能です。お問い合わせください。

ご予約 こちらのご予約フォーム https://tsukitotaiyou.net/contact

または、yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他 Zoom、Skypeのオンラインでも受講できます。プラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

 

ーーーーー

ちなみに、川北稔さんは私の大学院の先輩です。

 

学生時代から、ずっと引きこもりの支援をおってこられていた方で、個人的には何かとお世話になりました。

 

引きこもりと家族の支援については、あらゆる分野が連携しての具体的な策がとても大切だと思っています。

 

そして、この「連携」をめぐる各専門家間での対立や衝突はよくありますが、そこに対して橋を架けていくお手伝いを関係療法でやっています。

 

生きることの作法

  • 2020.06.16 Tuesday
  • 16:24

 

ブログのタイトルを、「生きることの作法」に変更してみました。

 

また変わるかもしれませんが。

 

私たちは当たり前に生きているようですが、自分自身の力で「生きること」について、あまりにも知らないと思ったのです。

 

「処方箋」にしようかとも思いましたが、これはどうも、専門家が診断して一方的に与えるパターナリズムを感じます。

 

そこで、昔読んだ、『社会学の作法』という本をヒントにしました。

 

この本を初めて読んだとき、「作法」とついているのが不思議な感じがしたのです。

 

「社会学に『作法』なんてあるの?」と思いました。

 

いまとなって思えば、「自分自身で社会のことを考え分析していくための実践力を養うための身体感覚」だったように思います。

 

 

「生きること」は、お金のこと、仕事のこと、人間関係のこと、家族関係のこと、感情のこと、日々日々起こる様々な出来事などについて、自分自身で主体的に考え選択していく実践でもあります。

 

これが、簡単で楽なはずがないでしょう。

 

「誰かの言うとおりにやったら問題が解決する」わけないでしょう。

 

「誰かの言うとおりにやれば・・・」というのは、西洋医学にあったようなパターナリズム(専門家支配)の影響なのでしょうか。

 

(ちなみに、心理療法も専門家ですが、心理療法でできることは自分自身の気持ちに気づけるように、ときには鏡となりながら主体性を応援することです。それは専門家と来談者との相互行為の積み重ねであり、来談者が自分自身で良くなることの応援です。)

 

さっき、あるwebページをみていたら、中高年以降に人生のトラブルに合い、人生を彷徨う方が多いという記事をみかけました。

 

中年の危機は、ユング心理学のもっとも大切にしてきたところです。

 

肉体的な人生の下り坂が始まって初めて、「生きること」を考え直す人は多いように思います。

 

下り坂なのに、上り坂のように進んでも、うまくはいかないでしょう。

 

 

「生きることの作法」のひとつに、「人生の中年期はそういう時期なんだ」ということも書き留めたいと思います。

 

ロストジェネレーション・リバイバル

  • 2020.06.15 Monday
  • 14:31

 

いまから12年ほど前、朝日新聞が始めた連載には、こう書かれていた。

 

「今、25歳から35歳にあたる約2千万人は、日本がもっとも豊かな時代に生まれた。そして社会に出た時、戦後最長の経済停滞期だった。「第2の敗戦」と呼ばれたバブル崩壊を少年期に迎え、「失われた10年」に大人になった若者たち。「ロストジェネレーション」。米国で第1次大戦後に青年期を迎え、既存の価値観を拒否した世代の呼び名に倣って、彼らをこう呼びたい。時代の波頭に立ち、新しい生き方を求めて、さまよえる世代。日本社会は、彼らとともに生きていく」

 

ロストジェネレーションとは、1990年代後半から2000年代前半の「就職氷河期」に社会に出た世代の呼び名である。

 

バブル崩壊後の景気低迷期、「失われた10年」に新卒が重なり、希望の職業に就けないまま、非正規、無職となった。そんな若者たちは「氷河期世代」や「不遇の世代」とも呼ばれた。

 

この世代は、ちょうど、団塊ジュニアでもあり、人口規模が団塊世代の次に大きい。最近、国がこの世代の就職を支援しようとし始めている。

 

私は、ちょうど、ロストジェネレーション世代にあたる。

 

私は大学院への進学を考えていたので、大学を卒業する頃に就職活動をほとんどしなかったが、している人たちは100社受けてもひとつも受からないなんていうのはザラにあった。

 

どこまでいっても、競争社会の渦に巻き込まれた世代のように思う。

 

そんな中で、フリーターになる人もいたし、それぞれが様々な生き方を模索した世代でもある。

 

最近、このロストジェネレーション世代で、しっかりと抑うつポジションを経過させて、自分なりの仕事を活き活きとやっている方々に、出会うことが多い。

 

これはとても嬉しいことです。

 

「教員になりたかった…」けど素晴らしく子どもを尊重した居場所をつくっているとか、あるいは、既存の美容業界のやり方に違和感をもってひとり孤独に自営を営み自然体な美容院を営まれている方や、他にもいろいろ。

 

なぜか男性ばかりなのです。おそらく、彼らは男性だったがゆえに(結婚して専業主婦という選択がなく)、自分の働き方についてどこかのタイミングでしっかりと考えたのではないかと思います。

 

対して、女性が自分の働き方や仕事や生き方を考え始めるのは、主に、中年期です。中年期に、ここを経過できる人は幸せだといえるでしょう。

 

話をロストジェネレーションに戻しますが、ロストジェネレーションは就職氷河期という経済禍にあったともいえるわけです。

 

引きこもりやうつを患い、いまも苦しい方も多くいらっしゃるでしょう。

 

けれども、時代は大きく変わりつつあり、中年となったロストジェネレーションの生き方には、個人的には社会変化の兆しを感じています。

 

今日、車を運転していたら、レクサスとBMWとベンツを運転している高齢者に出会いました。彼らの世代は、こうしたものが価値あるものだった。

 

いま、中年期にあたる世代で、高級車が欲しいという方はいるのだろうか?少なくとも、私の知人にはいないのです。

 

私たちが眼を見開いてみるべき価値とは何なのか?

 

高度経済成長期に始まった妄想の時代は、戦争の解離が取り戻されるとともに、終わろうとしているように思います。

女性が自営業になったとき副産物として得られるもの

  • 2020.06.14 Sunday
  • 14:05

 

女性が自営業になると、経済的面ばかりではなく、その他の副産物が素晴らしいので、ここにまとめてみます。

 

個人的には、経済的面よりも副産物の方が、人生を豊かにしてくれるものばかりだと思っています。

 

(1)他者との境界線が引けるようになり、良質な関係性が生まれてくる

 

自営業になるということは、精神分析的に言うと「分離ー個体化」であり、個として自立するわけですから、一度は、孤独のような感覚を味わうこともありますが、その後は、あなたが必要としあなたを必要とする人との関係がつくられていきます。「こう思われるのではないか・・・」と、あらぬことを考えては不安になる関係性が変わっていきます。また、関係性をどんどんクリエイトしていくことができるようになります。

 

(2)世の中の仕組みがよくわかり、世の中のいい面とつきあえるようになる

 

現代社会、「生きていくのはたいへん・・・」なのですが、自営業になると「世の中捨てたもんじゃない」という実感を得ることができるようになります。社会資源を活用することで、世の中のいい面が見えてきて、そことうまくつきあえるようになります。「えっ!助けてくれる場や人ってこんなにいたの?」という気すらすることもあります。

 

(3)(母親が自営業の場合は)子どもが自立する

 

子どもをお持ちの女性の場合には、子どもが自然のプロセスで自立していきます。「自営業になる」という心的プロセスと現実のプロセスを経過すれば心の状態は健康になっていきますので、子どももどんどん健康になりますし、自然と自立していきます。そして、子ども自身の人生の選択肢を拡げることもできます。

 

(4)お金とうまくつきあえるようになる

 

お金には様々なものが投影されます。そのため、お金には現実的に取り組んでいくことがとても大切です。「現実的に」というのは、「将来的にあれとこれと・・・」と不安から考えていくのではなく、長期的な視点からやりくりしていけるようになり、とても自由になります。また、税金についても学ぶことで、社会への循環も生まれてきます。

 

(5)生きるのが楽になる

 

自営業になるということは、日々、主体的に何かを選んでいくという積み重ねでもあります。そのため、主体的に生きることができるようになるので、生きるのがとても楽になります。楽しくなります。

 

 

思いつくままに挙げましたが、もっとあるかもしれません。

 

ただ、こうなるまでの現実的プロセスには、もちろん自分でひとつひとつやっていく地道な作業が必要です。

 

失敗もするでしょうし、傷ついたり、つまづいたりもするでしょう。

 

私の相談室では開業連続講座をおこなっていますが、そこでは、「自営業マインド」を育んでいくことを応援しています。実際に、自営業になり、悩んだりつまづいたときのコーチングもおこなっています。

 

この講座をつくったのには、私自身が長年様々な女性団体と関わる中で直面してきた難問への取り組みがありました。

 

「なぜ、女性団体の運営は行き詰まるのか?」

「なぜ、女性がやりたいことをやろうとしても、うまくいかないのか?」

「なぜ、最終的には衝突することになったり、誰かが嫌な思いをすることになるのか?」

 

など・・・。

 

これらの難問は、心理的・精神分析的に取り組むことで、改善されることがわかりました。

 

そして、女性が活き活きと自営業になることで、「女性の価値が尊重された社会の仕組みができていく」と、(勝手に)思っています。

 

社会学的な観点からすると、女性が自営業となって社会へと自分を表現していくことは、女性の価値観が社会へと浸透し、女性の能力が活かされていくことでもあります。

 

資本主義システムは「健康な成人男性モデル」によって成立していますが、現代ではこれも立ち行かなくなりつつあります。

 

既存の資本主義システムの中で、女性が「男性の真似」や「男性と同じ」ように働くのではなく、女性のリズムに合わせた新しい働き方ができるようになります。

 

ジョン・アーリという社会学者は、女性の生きる時間は「氷河の時間」と言いましたが、つまり「ゆっくりと流れる自然の時間」ということです。

 

そうなったら、既存の資本主義モデルで働き過ぎでストレスフルな男性にとっても、新しい働き方を見出すきっかけになるでしょう。

 

抑うつポジションの素晴らしさ

  • 2020.06.13 Saturday
  • 15:36

 

「抑うつポジション」とは、精神分析家のメラニー・クラインが発見したもので、全体的な心の発達と他者との健康なかかわりを築くうえで、とても大切なものです。

 

しかし、「うつ」という言葉だからなのか、あるいは、抑うつポジションで感じる感情が一見マイナスな感情(例えば、「痛い」「悲しい」「あきらめ」など)であるからなのか、なかなかこの大切さを理解することは難しいようです。

 

「うつ」はいけない、という社会的な認識があるせいかもしれません。

 

高度経済成長期のような、あるいはバブル期のような、右肩上がりの生き方が良いと考える人たちが多いからかもしれません。

 

何事もないことが良い、傷つかないことが良い、と考える人たちが多いからかもしれません。

 

しかし、右肩上がりの成長は、必ずあるときを境に下り坂になることは、日本経済をみるまでもなく、「人間は老いていく」という事実を私たちは知っています。

 

何事もない方がよいと望むのは、何かあったときに苦しかったり傷ついたりした、あるいは誰も助けてくれなかった、あるいは自分の思い通りにならなかったからで、これらの痛みや悲しみを共感してくれる人がいなかったからでしょう。

 

傷ひとつなく生きることなどはできないことは、火をみるよりも明らかです。

 

むしろ、傷を活かす、レジリエンス力が近年は心理療法でも注目されています。

 

レジリエンスを発揮するにも、抑うつポジションを経過する必要があります。

 

抑うつポジションは心のテーマに応じて、何度も何度も経過するものですが、経過する度に、生きるのが楽になっていきます。

 

他者との関係が豊かになっていきます。

 

自分でやろう、という気持ちが湧き起こってきます。

 

何か嫌なことがあったときに、買い物をしたりスイーツを食べて一時的に気分良くなってわが心を観ないようにせず、試しに一度、カウンセラーと分かち合ってみるといいかもしれません。

 

これは、確かに、特に最初は「痛み」も伴いますが、確実に、自分の人生が実りあるものになっていきます。

 

しあわせの意味

  • 2020.05.17 Sunday
  • 10:44

 

このブログの説明文にも書いてある、「しあわせ」の意味について。

 

「幸せ」って、よく考えると、とても難しいものです。

 

なんとなく、みんな「幸せになりたい」と思っているようですが、それはどういうことなのか?

 

人よりお金があること、人よりイケメンとつきあうこと、人に自慢できる何かを所有することなのか?

 

名声を得ること、社会的に高い地位を得ることなのか?

 

自分の自己愛を満たしてくれる人と結婚することなのか?

 

自己啓発的なものが言うように、「なりたい自分になる」というものなのか?

 

「幸せになりたい」と妄想的に思っていると、自分にとって「良くない」ことが起こると、それを排除しようとか無くそうとがんばるケースがよくあります。

 

そうして、どんどん迷宮入りするか、家族の他の人たちが不健康になっていくというケースもよくあります。

 

「幸せ」の語源は、ラテン語でホロス(holos)です。

 

全体性という意味です。

 

全体性とは、男と女、陰と陽など、月と太陽など、相反するものが統合されていくということです。

 

また、「幸せ」は、「仕合わせ」とも書きます。

 

「仕事をする私」と、「仕事をするあなた」が合わさる。

 

ここに、仏教でいうところの縁起が生じるわけです。

 

「仕事をする私」とは、簡単にいうと「個として生業う」という意味でもあります。

 

そういう人たちが出会うことで、「幸せ」、つまり、天と地へとつながる経路が結ばれるわけです。

 

ここまでいくと、禅とかそういった境地の話になりますね。

 

量子力学的な話ともいえます(量子力学について誤解されている方も多くいますが)。

 

「幸せ」という感じが、縦線二本で、上と下とが同じ「土」で構成されているのは、何とも興味深いように思います。

 

特に、女性が「個として生業う」ためのプロセスは、ギリシャ神話などでは昔から複数あるものです。

 

ユング心理学では、『薔薇園』などにもこの錬金術の話が描かれています。

 

たいてい、女性は危機に瀕して、そこからひとりでひとつずつ地道に取り組んでいくのです(もちろん、いろいろな助けもあります。そして、女性は自分の意志によって失敗もするのです)。全部自分でやるのです。

 

昔から語り継がれ描かれてきている「結合ー死ー再生」のプロセスは、いばらの道です。

 

でも、どうも、この欲求のようなものを奥底に秘めている人が多くて、特に近年は、このプロセスを始めている(始めざるを得なかった)人たちも多くいます。

 

時代のせいなのでしょうか。なぜなのかはよくわかりませんが、傾向としてあるようです。何がいばらなのかというと、ひとつには「現実」に直面することがいばらなのです。

 

要するに、自分が傷つかないですむ「妄想」の中に生きていて、この妄想を維持するために防衛としてあれやこれやをやるわけで、そういう場合に、自分の「現実」をみることはきついのです。

 

精神分析の言葉でいうと、自己愛構造体をつくって防衛したり、巻き込み型で他者を暗黙のうちに使ったりという強迫的・パーソナリティ障害的な関係をつくってしまうのです。

 

こうしたことは、誰が悪いというわけでもなくて、運がいいとか悪いとかでもなくて、どうも、人間とはそういう生きものなのではないか、つまり、「最終的には全体性を欲するがゆえに自分で選んでいるのではないか」という気すらしてきます。

 

いばらの道ではあるけれども、苦が快となっていく、そして、他者との関係もしっかりと結ばれていく、確実な手ごたえのある、これまでに経験したことのない世界が開かれていく、生きていてよかったと思える、楽しい道でもあることを付け加えておきたいと思います。

 

アロマの効用

  • 2020.05.14 Thursday
  • 08:54

 

アロマは昔からよく使っていたのですが、ここ7年くらいはメディカル・グレードの品質の良いものを使い始めました。

 

飲用することもできる良質なアロマ(厳密には、エッセンシャル・オイル)で、1〜2滴ほど腰・足首・手首・頭につけて吸引するだけで、相当の効果を実感してきました。

 

嗅覚は、古い記憶に働きかけるので、相当古いところの心の傷にも効果を感じてきました。

 

また、虫刺されや吹き出物などにも即効性があるので、子どもが小さい頃の虫刺されには助かった記憶があります。

 

さて、そんなアロマ。品質が良いと値段も高いので、少しずつ使っていたのですが(少しでも効くので)、ここ数週間ほど、とある方からの勧めもあって、思い切って背骨等にたっぷりと使い始めました。

 

量で変わるのか、疑心暗鬼だったのですが。

 

見事なまでに効果があって、かなり驚いています。

 

これまで、心理療法と整体で届ききらなかったところの投影関係が解消されたことには、心底驚いています(もちろん、それまでの積み重ねがあってのことかもしれませんが)。

 

私がかなり取り組むのが難しかった投影関係なので、かなり根深いものだったのですが、すっかり変化がありました。

 

この投影関係が改善したためか、私自身の心持ちも随分軽くなりました。

 

また、自分の軸が一層しっかりしてきたという感じ、境界が強固なものになった感じがあります。

 

要約すると、他者や社会からの刺激によって揺らされることがほとんどなくなりました。

 

揺らされても、すぐに戻れるようになりました。

 

これまで、整体ではアロマを使ってきましたが、心理療法でも使っていく予定です。

 

メニューができましたら、お知らせいたします。

 

アロマがお好きな方、ぜひ、ご活用ください。

 

症状を出し切る

  • 2020.05.03 Sunday
  • 12:44

 

新型コロナウィルスで、社会はいろいろと動きがある。

 

この状況を不安に思われている方がほとんどだろうが、私には何かとても安心する感じがある。

 

「あたふたしているのは、これまで自分の人生を国家や社会に頼り切っていたからだろう」と、先日、とある方とお話して妙に納得した。

 

その方はすでにご高齢だが、これまでの数十年をもともと社会的制度に頼らずにご自身で事業を営んでこられた方で、いまの状況を何とも思われておらず、むしろ好機だとすら捉えていらっしゃった。

 

実は、こういう方は私の周囲にはとても多い。

 

世の中が混乱している状況の中で、これまでと何も変わらずに生活し、むしろ楽とすら感じている方々がいる。

 

「症状を出し切る」ことは、健康(=ホロス=全体性)へ向かう途中で、とても必要なプロセスだ。

 

これは、体の面ではある程度知られていることかもしれないが、心もそうだし関係もそうだ。

 

体は熱を出したりといったかたちでわかりやすい。

 

が、心や関係、そして社会レベルにまでなると、とてもわかりにくい。

 

わかりにくいというのは、症状を出し切るまでに時間がかかるので、たいていは「悪化」「混乱」と捉えてしまい、変化のプロセスをまっとうできないことがままあるからだ。

 

心や関係、そして社会の症状を出し切るには時間がかかるけれど、日々の現実を粛々とこなしていく中にふと浮かんでくるものが次へのヒントになるように思う。

 

とはいえ、背後に「恐れ」があると、妄想になってしまうけれども。

 

「良くなる」とはどういうことか

  • 2020.04.30 Thursday
  • 11:24

 

先日、幾人かのセラピストや整体師と話したとき、共通した見解があった。

 

それは、「ここで来たら良くなるのにというところで、風邪を引いたり、子どもが熱を出したから行けないとなったりで、クライアントが来なくなる」ということだった。

 

これは、野口整体でいうと、めんげん(好転反応)に当たる。

 

また、精神分析でいうと、エナクトメントというものにあたる。

 

この時期は、セラピストにとってもきつい時期である。なぜなら、クライアントの投影同一化を受けたりすることがままあるからだ。

 

例えば、心理療法や整体を受けた後、「高熱で40℃近くでた」とか「転んでねん挫した」となると、因果論的思考になれている現代人からすると、「セラピーを受けたらそうなった=悪くなった」と考えがちだからだ。

 

心理療法や野口整体をやっている立場からすれば、好転反応だけれども「好転反応が怖い」という声はよく聞く。

 

それなら、取り組まなくてよいだろうと思うし、そのままで生きたらよいのだろう。どこかの段階で家族の中の誰かが、問題を引き継ぐだけだろうし、自分の人生を誰かに預けたまま死んでいくのが向いている人もいるだろう。

 

ちなみに、ドンネル・B・ スターン(精神科医)によれば、「解離とエナクトメントは、認めがたい自分のある側面を回避し、その側面を〈他人に押し付けること〉、つまり《対人関係化》しようとする無意識的な防衛である。それは、心理臨床の妨げになるが、その一方で、セラピストとクライアントの両方にとって、自分の経験の自由や可能性を広げる〈好機〉ともなる」と書いています。

 

結局は、「自分はどうしたいか」なのだけれど、「自分はどうしたいか」を自分で考えることの力を削ぎ落されてきた現代人にとって、「自分はどうしたいか」を自分で考えることはとてつもなく難しいことがあるようです。

 

そのため、まずは「自我育成」がどうしても必要になる。

 

良くなってくると、自分軸で「いまの現実」に地道に取り組めるようになる。それは、妄想から降り、人生の目的や目標をもって生きることでもあるように思う。

 

【学ぶ会】5月30日(土)女性のためのファイナンシャル・ワークの会(Zoom開催)

  • 2020.04.23 Thursday
  • 13:37


お金のことについて、家族の間で話したことはありますか?

 

お金のことを、あなたの母親や父親はどんな風に教えてくれましたか?

 

お金のことについては、家庭でも学校でも教えてもらえなかったという経験はありませんか?

 

家族問題の中に、お金が絡んでいることはとても多いのですが、お金の悩みについてなかなかカウンセラーにも言えないことがあります。

 

現在、アメリカで医療・ファイナンス・心理療法などの各方面から取り組まれているファイナンシャル・セラピー(Bladley T. Klontz, Sonya L Britt and L. Archuleta 2015 "Financial Therapy: Theory, Research, and Practice" S.I.P.)が提供する「お金」ときちんと付き合えるようになるワークをおこないます。
 

統計では、お金について女性の方が苦手という結果があります。

 

また、離婚や夫の死や高齢化するといった事態に直面したとき、ほとんどの女性は準備ができていません。結果として、経済的に苦しんでいることが研究で示されています。

 

深層心理的な観点からは、「お金」には様々なものが投影されることがわかっています。

 

「怖い」「もらってはいけない」「あると使ってしまう」感じなど。

 

この会では、「お金」と「心理」のことについても学びます。

 

お金についての信念やシナリオを書き換えていくことで、「経済的現実」に関する受容とお金にまつわる行動を促進していきます。

 

楽しいワークとともに、お金をめぐる不安を言葉化することの力をぜひ感じてください。

 

日時 5月30日(土)13:00〜15:30

ご予約
こちらのご予約フォーム https://tsukitotaiyou.net/contact
または、yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。
会場へのお越しをご希望の方は、お手数ですが、別途、お問い合わせくださいますよう、お願い申し上げます●

場所 ウォルプタスの家(葉山町)
料金 2,500円+税(資料代、お茶代込)

その他 Zoomオンラインにて、開催いたします。当日のご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

日本における社会病理、同調圧力について

  • 2020.04.23 Thursday
  • 13:09

 

「病理」とは、もともと生物学や生理学に由来し、生命有機体の諸器官が正常でない状態を意味している。

 

こうした病理の概念を人間の行動や生活状態に適用しようとすると、何が病理で何が健康かということに関して、簡単には同意は成立しないものである。

 

例えば、中流階級にある者は、ヒッピーたちの生活様式を病理と見るかもしれない。

 

逆に、ヒッピーたちは、消費社会にどっぷりとつかり業績主義に明け暮れている中流階級を病理と見るかもしれない。

 

というわけで、社会の病理を定義するときには、生活の当事者たちの病理観を出発点とする必要がある、とされている。

 

しかし、ここで問題が生じる。

 

マジョリティとマイノリティ問題である。

 

何が病理であるかを定義しようとすれば、多数派の意見が採用されやすい。

 

少数派の方が、実は、健康であったとしても、それは「おかしい」とされるケースは山ほどある。

 

特に、日本社会では「村八分」文化や、「同調圧力」が根強いため、少数派であることそれ自体が裁きを受けることがままある。

 

これこそが、今日の日本の社会病理といえるだろう。

 

周囲に同調することが、共同体の定義ではない。

 

利害や目的を共有することは、共同体において必要だが、利害や目的を達成するためには異なる意見がたくさん出され、豊穣な議論と行動がなされなければいけないだろう。

 

今日、地域共同体の成立の難しさには、「周囲に同調しないといけない」という目に見えぬ圧力があるように思える。

 

これは、精神分析の病態水準でいえば、隠れ自己愛性障害の水準である。

 

今日の大人たちはみな、「いい子」であることを求められながら育ってきた世代だ。

 

おいいつけを守り、周囲の空気を読み、権威に合わせる「いい子」であることが、生き延びるために必要な態度として教えられてきた世代だ。

 

その息苦しさを、実は、ヒリヒリと感じている人は多いのではないだろうか。

 

しかし、どうしたらよいのかわからない・・・。

 

そこで行き詰っている人たちが多いように思う。

 

【読書会】4月25日(土)「父性」についての読書会(Zoom開催)

  • 2020.04.18 Saturday
  • 10:33

 

現京都大学総長で霊長類研究者の山際寿一『家族進化論』と、林道義『父性の復権』から、「父性」について考える読書会です。

 

ゴリラの子育てと父性行動、人間の家族との共通点や違いとは?

 

山際さんは、ゴリラの生態研究を通して「家族」「暴力」「父性」「コミュニティ」「共感」などついて考えてきた方で、とてもユニークで人類の成り立ちを見据えた話をされています。

 

農耕部族と狩猟部族とでは、どちらが支配的だと思いますか? 実は、農耕部族です。今日に続く、ヒエラルキーや支配体制、管理体制を形作ってきたのは、農耕部族だと山際さんは論じています。

 

林道義さんは、1970年代から母性社会、日本の家族における「父性」の重要性を論じてきました。林さんの言う「父性」とは、いわゆる「権威的」とか「家父長的」とかとは別のものです。

 

長らく誤解されてきた「父性」について、まっすぐに学ぶ読書会です。

 

現代社会における「父性」の創造を、心的態度とともに探ります。

 

そして、父性は男性だけでなく、女性がもつことで「良質な母性」へとまとまっていきます。

 

日時● 4月25日(土)13:00〜15:30

ご予約
こちらのご予約フォーム https://tsukitotaiyou.net/contact
または、yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

Zoomオンラインにて、開催いたします
会場へのお越しをご希望の方は、お手数ですが、別途、お問い合わせくださいますよう、お願い申し上げます

場所● ウォルプタスの家(葉山町)
料金● 1,500円+税(資料代、お茶代込)●その他● Zoomにてオンライン受講ができます。当日のご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

【学ぶ会】3月28日(土)発達障害と愛着関係について学ぶ会

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 21:32

 

近年、子どものみならず大人の発達障がいについても大きく注目されています。

 

なぜ、近年、こんなにも発達障害が注目されるのか、考えたことはありますか?

 

発達障害と診断された子どもたちの中には、実際には発達障害ではなく「愛着関係のつまづき」で、誤診されているケースが増えています。

 

今回の勉強会では、発達障害と誤診される愛着関係のつまづきをとりあげます。

 

いつの時代も、子どもは私たち大人や社会を映す鏡です。

 

愛着関係は、第一次集団と呼ばれる重要な養育者や近隣関係からはじまり、第二次集団と呼ばれるちょっと親から離れた大人たち(幼稚園や保育園や学校など)との間での関係、これらが基盤となっていきます。

 

発達障害を長年研究してきた児童精神科医・小林隆児らは、発達障害について「関係」と「甘え」からみていくアプローチを提唱しています。

 

これまで日本では、発達障害について「関係」や「甘え」の観点から取り組んでいる事例やアプローチはあまり取り上げられてきませんでした。

 

この観点は、実は、「古くて新しい」ものなのです。

 

子育て中の方、幼稚園や保育園の専門家の方、子どもの発達障害的傾向でご心配されている方は、必ず、ヒントが見つかる内容です。

 

ご一緒に、学びませんか?

 

経験的な内容や事例も踏まえて、わかりやすく噛み砕いてお伝えいたします。

 

この学ぶ会では、子どもや大人の発達障害についてご関心のある方、愛着について学びたい方、関係療法アプローチについて学びたい方、子どもの育ちとコミュニティ・子どもの育ちと社会・女性の生き方について考えたい方、専門会の方、初心者の方のご参加をお待ちしています。

 

日時3月28日(土)13:00〜15:30

ご予約 こちらのご予約フォーム https://tsukitotaiyou.net/contact

または、yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

場所● ウォルプタスの家(葉山町)

料金● 3,000円+税(資料代、あたたかいお茶代込)

ナビゲーター 翁川花伊子(「さんごの暮らし相談室」カウンセラー)

その他 Skypeにて、オンライン受講ができます。遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。 

URL https://twitter.com/tsukitotaiyou35

 

「子育て」について考えられるようになった時代に寄せて

  • 2020.03.18 Wednesday
  • 21:31

 

JUGEMテーマ:整体子育て

 

気づけばときは令和。

 

私が生まれたのは昭和で、息子は平成。

 

時代がこれほど変わっているのに、私たちはまだ昭和の家族や子育てのあり方の観念に縛られていると、ふと感じることがあります。

 

最近、私の指針としていた60代の師の説に、心底共感できないことがあり、個人的に驚いたことがありました。

 

彼ら/彼女らや私たちの誰かが間違っているのではなく、立場の違いやポジションの違いであり、また、ときに子どもや時代が先んじている場合もあるように感じています。

 

子どもの方が、よく知っている。

 

私たち大人は、未来からやってきた子どもたちが、活き活きと生きられる、社会設計をしなければいけないと気づかされます。

大正時代のエレン・ケイの『児童の世紀』、昭和時代のフィリップ・アリエスの『〈子ども〉の誕生』、日本では平成の児童虐待防止法。

 

私たちは、「子育て」や「いのちの育ち」について、やっと考えられる時代に入ったのかもしれません。

子どもたちに大人の無知の頭を垂れながら、しかし、子どもたちを守りながら、一緒によりよい世界を創っていきたいと思うのです。

 

そして、それがもし可能だとしたら、大人たちが、自分自身を省みることからしか始まらないと思います。

しかし、日々心理療法に携わっている身としては、自分を省みること・自覚することの、その難しさや背後にある痛みを知っています。

 

それでもやはり、私はそのうえで、より良くなろうとして体と心と関係の風邪を、自ら「引く」という、いのちの力を信じたいと切に思います。

 

本質ばかり

  • 2020.03.04 Wednesday
  • 15:42

 

本質ばかり。

 

自分の講座の録音を聞いていたら、我ながら、本質的なことしか話していなくて驚いた。

 

そうだった。

 

私は昔から、「本質」ばかりを問うてきた。

 

「本当のこと」が知りたくて、様々な学問領域を学んできた。

 

マスメディアと大衆が作る、擬似環境ではないところで生きてきた。

 

それは、譲れないことでもあった。

 

本当のことを知るのは、ときには怖い。マジョリティとは異なる世界へ移行するから。

 

でも、本当のことは、人生に確かさを与えてくれる、と私は思っている。

 

「私はただ、ここにあっただけだ」とは、禅の教えでもある。

 

 

***擬似環境(ウィキペディアより)***

 

社会学者、W.リップマンが提唱した。

 

マスコミによって構築された環境のことを疑似環境というわけであり、現代社会においての民衆というのは、この疑似環境で暮らしているということに他ならないということである。

 

疑似環境というのはマスコミの情報の受け手によっても構築されているということであり、現代社会に住む民衆というのは、マスコミが伝達する膨大な情報を統合して理解するという能力が有されていない。

 

このために情報を適当に取捨選択して、自らの生活にとって都合の良い像を自らの頭の中に作り出すといった行いをしており、このような行いからも疑似環境というのが作られていくということである。

【読書会】ユング心理学者・河合隼雄『こころの子育て』読書会(2020年2月29日)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 11:59

 

ユング心理学者・河合隼雄『こころの子育て』読書会

 

日時 2020年2月29日(土)13:00〜15:30

参加費 1,500円+税(ハーブティー、資料代込)

場所 ウォルプタスの家(葉山町)

ナビゲーター 翁川花伊子(博士(社会学)/関係療法カウンセラー/整体セラピスト)

ご予約 yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。インターネット環境がおありの方は、無料オンラインにてご受講できます。

 

 

ユング心理学者の河合隼雄さんは、実は、子育てについて優れた本をいくつも書かれています。今回は、そのうち、

 

『過保護なくして親離れはない』
『子どもと悪』
『こころの子育て』

 

の3冊から厳選した箇所を読みます。

 

子どもの人生を阻害するのは「過保護」ではなく「過干渉」です。

 

では、「過干渉」とはどういうことをいうのでしょうか。

 

また、河合氏のいう「過保護」とはどういうことなのでしょうか。これは、現代の「甘やかし」とは似て非なるものです。それは、「愛着関係」の話なのです。

 

河合氏は、「子どもが親から離れるためには、母子一体となった濃密な、悔いのない関係がまず成立していなければならない」と言います。

 

また、子どもが親から独立するときには、必ず、「対決」といった局面が出てきます。

 

今日、家族病理の根底にあるのは、この「対決」の先延ばしだと言われます。戦後近代核家族の形成以来、見かけ上の「ケンカのない幸福な家族イメージ」という「幻想」

を守るために、「生身の人間のやりとり」が存在しない家族が多くありました。

 

河合氏は、こうした幻想家族には、必ずIP(アイデンティファイド・ペイシェント=患者の役割を担っている人)が存在することを、いくつもの臨床経験から論じています。

もし、あなたが親子関係で苦しんでいたり、家族から「理解できない存在」とされていたのなら、あなたはこの「幻想」から降りて、「現実」を生きようとしたからこそなのかもしれません。

 

『こころの子育て』はQ&A方式で、「対決」の作法について学ぶことができます。

 

Q「子どもが学校に行きません。どうしたものでしょうか。」
A「せっかく行かないのだから、チャンスだと思ってください。」

 

Q「同じ苦労を子どもにさせまいという思いが通じません。」
A「自分が考える幸福を押し付けても役に立ちません。」

 

など…。

 

毅然とした態度で、しかし軽やかにユーモアあふれる河合氏の語り口が楽しめる本です。

 

子どもの育ちについて学びたい・考えたい方、自分の親子関係について考えたい・振り返りたい方、ユング心理学について学びたい方、本を読むのが好きな方、教養を身につけたい方、専門家の方、初心者の方のご参加をお待ちしています。

【学ぶ会】自己活性化と「等身大の自分を生きる」ということ勉強会 ―― 心の成熟と自由のための社会心理学(2020年1月25日)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 11:57

 

自己活性化と「等身大の自分を生きる」ということ勉強会

―― 心の成熟と自由のための社会心理学―― 

 

日時 2020年1月25日(土)13:00〜15:30

参加費 2,000円+税(ハーブティー、資料代込)

場所 ウォルプタスの家(葉山町)

ナビゲーター 翁川花伊子(博士(社会学)/関係療法カウンセラー/整体セラピスト)

ご予約 yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

 

 

「自分らしく」といった言葉や「個性の尊重」といった教育方針は、日本1980年代から始まりました。

 

その前、1960年代にはアメリカから「アイデンティティ」という言葉が輸入され、社会学者・小熊英二氏によれば、当時の若者たちは自分のアイデンティティへの希求から学生運動に走った人たちも多かったといいます。

 

1980年代には自己啓発セミナーが流行し、一部はカルト化するなど、社会的なテーマともなりました。

 

しかし、「アイデンティティ」とは何なのか。「自分らしく」とは何なのか。日本で多くのアイデンティティ論がでましたが、どの著者も、結局のところ「アイデンティティがわからなくて研究していた」のです。

 

アイデンティティや自分らしさが、腑に落ちて実感できないという方が多くいらっしゃるのは当然のことともいえます。

 

日本社会は、明治期まで世間というつながりをベースにしていたので「個」についての感覚や意識は現代とはまったく異なるありようでした。夏目漱石の『こころ』は、明治期に導入された個人主義によって彼が初めて出会った自分の「自我」への衝撃を書いています。

 

ときは令和。時代を経れば、私たちは「個」という感覚や意識をしっかりもてるようになったといえるのでしょうか。

 

実は、「個」として自立し、「私らしく生きる」には、心的次元での「分離−個体化」というプロセスを経る必要があります。

 

「分離−個体化」のために、昔は、通過儀礼という社会的装置がありました。

 

しかし、現代社会では、通過儀礼という社会的装置はなくなり、私たちは自分自身でこのプロセスを経過させねばならなくなりました。

 

「分離−個体化」を経過させるには「心的な痛み」をともなうために、ここを正面から取り組めず多くの場合「躁転」が起こります。また、自傷行為を繰り返すケースもあります。

 

躁転は、字の通り、ハイになってごまかすことです。自分には「やりたいことがある」と言いながら、地道に自分でやることをせず、暗黙の力で人を使ったり巻き込んだりしてしまいます。

 

実は、その背後には、「自分になる」ことへの「不安」や「恐怖」があるのです。

 

1990年代に漫画家・岡崎京子氏が若い女性たちに熱烈な支持を受けました。岡崎京子氏の漫画で描かれた人たちの心には、この「分離−個体化」のテーマがありました。岡崎京子氏が描いた人たちには、自己価値の切り下げ・内的外的批判・依存症というものがありました。

 

今回の勉強会では、「自分の人生を等身大でいきいきと生きる」ためのヒントについて、心的次元のプロセスと、そのプロセスを経過させる際の難しさとその乗り越え方、そして豊かさ・楽しさについて、良質な精神分析・発達心理学の知見を交えて、わかりやすくお伝えいたします。

 

ご自身のことに取り組みたい方、やりたいことを実現させたい方、人生中盤に入って自分の人生を考えたい方、豊かに生きたい方、初心者の方、専門家の方のご参加をお待ちしています。

【読書会】『母親になるということ――新しい「私」の誕生』読書会(2019年12月28日)

  • 2020.02.06 Thursday
  • 11:55

 

『母親になるということ――新しい「私」の誕生』読書会

(ダニエル・N・スターン&ナディア・B・スターン、2012年、創元社)

 

日時 2019年12月28日(土)13:00〜15:30

参加費 1,500円(あたたかいお茶、資料代込)

場所 ウォルプタスの家(葉山町)

ナビゲーター 翁川花伊子(関係療法・家族療法カウンセラー/社会学博士/日本福祉大学など歴任)

ご予約 yoyaku@tsukitotaiyou.net まで、,名前、△艦⇒蹐鯡正のうえ、お申込みください。

その他● 遠方の方、ご参加が難しい方向けにプラス1,500円でUSBでの受講&郵送可能です。

 

《内容より》
……「娘」から一人の女性へ、そして「母親」へ。「母親になること」で心に生まれる歓び、動揺、変化、ジレンマ…子どもを宿した女性の内に「母親」という今までとはまったく異なる「自分」が誕生するまでの心の動きを丁寧に綴る……

 

……女性はある一瞬に母親に生まれ変わるわけではなく、出産前後の何か月にもわたる心の仕事の積み重ねによって、母親となるのです。わずかな期間に生じる根本的変化のせいで、あなたは大きな何かを失うとともに、すばらしいものを得るでしょう……

 

《目次より》
第1部 母親になるまで
・妊娠――新しい「私」になるために
・出産――変化のとき
・想像上の赤ちゃんと現実の赤ちゃん

第2部母親が生まれる
・赤ちゃんの命を守る
・愛する責任
・認められたい気持ち
・あるお母さんの体験
・もし、赤ちゃんとお母さんが日記を書いたら

第3部 母親の適応
・特別な配慮のいる子どもたち――未熟児や障害児の赤ちゃん
・いつ仕事に戻るか
・父親になる夫たち

 

 

乳児精神科医スターン夫妻による、「母親」となる・なった女性の心の変化を丁寧に分析した、とても良質な本の中から、厳選した箇所を読みます。

母親となる・なった人、父親となる・なった人、子育てに不安を抱えている方は、この本を読むことで、「この体験は自分だけではなかった」という安堵感や、アイデンティティの変化を経過させる指針が得られることでしょう。

読書会では、本全体の内容を解説するとともに、精神分析や心理学の専門用語をわかりやすく噛み砕いてお伝えいたします。

ご自身のことに取り組みたい方、妊娠中の方、子育て中の方、夫婦や家族について考えたい方、初心者の方、専門家の方もぜひお役立てください。

子育て中にイライラしにくくなり、持久力がつく、ご自身でできる野口整体のセルフケアについても、少しだけお伝えいたします。

ご参加をお待ちしています。

 

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